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それから半年間、私の前に少女は現れなかった。私の方もますます忙しくなり、挨拶回りをしたり、寝る間も惜しんでセリフを覚えたりと、ハードなスケジュールをこなしているうちに、少女のことなどすっかり失念してしまっていた。
その日はとても疲れていた。
いつものごとく新幹線で眠りについた私は、女性の声で目を覚ました。
「すみません、一緒に写真を撮ってもらってもいいですか?」
目を開けると車内は暗く、少女の他に人の気配がしなかった。しかし寝ぼけていた私は寝返りを打ち、顔を窓際に寄せて拒否の態度を示した。
「すみません、すみません」
しかし女性は肩を揺さぶりながらしつこくねだってきた。
「君ねえ、しつこいよ」
再び寝返りを打ち、彼女に注意しようと目を開けた。すると1cmと差がない所に彼女の顔があった。長い髪に片目は隠れ、もう片方の目は半分白目を剥いていた。
「う、うわあああああああああああああああああああああああああああ」
彼女を押しのけ私はひたすら通路を駆けた。車内は全車両真っ暗だった。
やがて最後尾にたどり着き、私は車掌室を叩きまくった。
「助けて! 助けて!」
しかし人のいる気配はなく、いくら叩いても返事が返ってくることはなかった。背後で自動ドアの開く音がした。
恐る恐る振り返ると、白いドレスの少女が黒い髪を垂らしてゆっくりと近づいてくる。首から提げたカメラを両手で大事そうに抱えている。
「すみません……。すみません……」
そう呟く彼女の声のトーンはどんどん低くなっていった。
私は恐ろしさのあまり目を閉じ、両手を前に突き出し恐怖の瞬間が過ぎ去るのを待っていた。すると急に彼女の気配がなくなった。私は目を開け、安堵のため息をついた。
「写真、撮ってもいい?」
耳元で囁きが聞こえ、私はとっさに横を向いた。先ほどと同じ少女の顔がそこにはあった。
「う、うぎゃああああああああああああああああああああああああああ」
カシャッ……
シャッター音とともに視界が明転した。
少女のいた位置には制服姿の車掌さんがしゃがんでいた。
「もしもし、もしもーし、お客さん、大丈夫?」
車掌さんに肩を揺さぶられながら顔を上げると、人だかりができていた。みんな手にはスマホを持ち、カシャカシャとシャッター音を鳴り響かせていた。
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