「ピストルは再度鳴る」

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 銃声が鳴り響く。  人々は固唾を飲んで見守り、そして息を吐き、拍手と歓声で選手をたたえる。  ここは市内の陸上競技場。現在大学生の大会が行われていた。 「暑いよねぇ、本当。よくこんな中を走れるよ」 「叔父さん、嫌なら来なくてもよかったんですよ」 「いや、ほんのちょっとは興味があったからさぁ」  そうは言いつつも、観客席で興味なさそうにだらけているのは僕の叔父さんだ。職業は探偵。僕はバイトとして彼の助手(ほぼ家政夫みたいだが)をしている。爽やかで上品そうな見た目だが、探偵としての儲けはほとんどなく、裏では貧乏探偵と揶揄されている。それでも探偵としては優秀で、多くの事件を解決しているのだ。  では、なぜ有名にならず貧乏なのか。  原因はたぶん僕の父だ。叔父さんの兄弟は医者や弁護士など優秀な人が多く、僕の父も警察のエライ人。叔父さんだけが変人で、父さんからすれば愚弟の存在を知られたくなく、情報規制を徹底的に行っているとしか考えられない。  あとは単に、叔父さんが事件を選んでいるから。己の好奇心を満たすためだけで働く気がまったく無いというのもあるが。 「でも貴之くんが陸上をやっていたとは」 「昔ですよ。高校のときです。僕は辞めたけど、同じ大学に進んだ先輩は現役で、今大会に出るというから見に行こうかなと。今にして思えば、何で叔父さんを誘ったのやら……」 「いいじゃないか、そんなことは。でも、陸上も見てると面白いものだね」 「叔父さんの言う面白さは、たぶん普通の人とは違うんでしょうね」 「競技より人の観察が面白い」 「ほら」 「競技は何でもいいんだ。スタートに立つ前、選手たちがいろんな動きをしていてさ。見ていて面白いんだよ」  そうやって叔父さんが目を向けたのは走り幅跳びのエリア。今まさに学生が準備に入る。ピョンピョン跳ねて、肩を大きく回す。大きな深呼吸を一回、前を見据える。そして合図とともに駆け出した。 「ルーティンでしょうね」 「だろうねぇ。スポーツ選手はルーティンを大事にする。決まった動作を取り入れることで気持ちを落ち着かせる作用があるし、集中力を高める効果もある。あとはミスしてもリセットさせる効果もあるらしいね」 「へぇ~」 「科学的根拠もあるから、取り入れている人は多い」  叔父さんはそう言うとニヤニヤしながらトラックを見ている。そうやっていろんな選手のルーティンを観察していたのか。僕は叔父さんのそのマニアックな観覧法に呆れるような、凄いと思うような、複雑な気持ちで彼の横顔を見つめた。 「叔父さん、先輩が出る中距離走はまだ先なので、先に挨拶に行きたいんですけど」 「じゃあ僕もついて行っていいかな?」 「べ、別に構いませんけど」
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