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「ああ、ヒマだ。ヒマで僕の灰色の脳細胞が溶けてしまう」
「それ、ポアロのセリフです。おじさんの好きなホームズじゃないですよ」
「ええぇ、そうだっけ? まぁホームズがこんなダサいセリフ言わないか」
「おじさん、アガサ・クリスティーに怒られますよ」
僕のおじさんは変わっている、いや、だいぶ変わっている。今の会話で分かるはずだ。歳は二十八歳、身なりは清潔で爽やかな外見のおかげか、どこぞの御曹司に見える。しかし実際は万年貧乏の探偵だ。現にここひと月ほど依頼人は来ていない。
僕は彼の甥で大学生。ヒマな時にこの探偵事務所に来てお手伝いをしている。
手伝いといっても掃除に洗濯と家政夫のような仕事ばかり。一応お小遣いはくれるし、この変わった探偵を見れるので文句はない、ないのだが……。
おじさんは今新聞を眺めながらソファでダラダラと過ごしている。まるで休日のお父さん状態だ。そんな彼だがやるときはやる男で、いままで世間を賑わした(?)難事件を解決している。八角館殺人事件やテディベア誘拐事件や星占い殺人事件やら……。
ただこの男、やる気が出るまでが遅いのだ。やる気スイッチがどこにあるのか分からないので、押したくても押せないし、訳が分からないときにスイッチが入ったりする。だからたぶん、万年貧乏から脱出することは無いと思う。
「はぁ~新聞っていつ見ても変わり映えしないね。高齢者の暴走事故、痴情のもつれによる殺人、三日後にどこかの国のお偉いさんの初来日か。うん? 銀行強盗か。今どき銀行強盗なんかやっても成功なんてしないのに、ねぇ? 昔じゃないんだから」
「セキュリティも進歩してますもんね。拳銃持って突撃してもすぐに通報されるし、地下金庫なんてもってのほかですもんね」
「地下からトンネル掘ってとか、昔はあったよねぇ」
「今は百パー無理ですね」
こうやって無駄話に花を咲かせていると事務所の扉が開いた。物好きな依頼人の登場か?
「久しぶり、貧乏探偵」
「おお、高家じゃないか。どうした?」
「ああ、ちょっとな。お前に一つ相談がというか、聞いて欲しいことがあるんだ」
「ほぉ~。まぁ座ってくれ。貴之くん、コーヒーを淹れてくれ」
「わかりました」
僕はコーヒーを二つ淹れ、応接間に運ぶ。応接間といってもパーテーションで仕切ってあるだけで、置いてあるソファもテーブルもお世辞にも綺麗とは言えない代物だ。
僕は依頼者でおじさんの友人の前にコーヒーを置く。
「ありがとう。えっと……君は?」
「甥です。たまにおじさんのお手伝いを」
「そうか。えらいなぁ、こいつの世話なんて」
「失礼だぞ。こいつは僕の大学の同級生で、高家総悟だ。見た通りの変人だ」
胸を張ってそう高家さんを紹介する探偵だが、あなたも十分変人ですよと言いたい。
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