「赤いくちづけ」

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 夫を亡くし戸惑う妻が誰かに頼ることなど普通だろう。ましてや知り合いに弁護士がいれば呼びたくなるのも普通。私は一般的な行動をしているだけ、誰も私を怪しまない。泣きの演技も上手くいっている。ただ、ただ一つ予想外なことがあるとすれば……、 「しかし旦那さんが亡くなる、しかも毒を飲んで! 自殺か他殺か、どちらだと思う?」 「おじさん、奥さんの前ですよ!」  目の前にいる見知らぬ男性と大学生ぐらいの男の子。なぜ、なぜ彼らがいるの? 「なんでお前たちがいるんだよ?」と弁護士先生。 「ここ、うちの事務所の近くなんだ。事件が起きたみたいだから野次馬感覚で見に行ったら兄さんの姿が見えた」 「だからって一緒になって上がり込んでくるなよ。貴之くん、君はこいつの助手でお目付け役だろ?」 「おじさん、僕にこの探偵を止められると思います?」 「ああぁ……うん、無理かもしれないな」  私は困った目を弁護士先生に向ける。だから一体誰なんです、この人たちは? 「ああ、紹介が遅れましたね。あいつは私の弟で探偵をしています。探偵といってもポンコツで万年金欠のような奴で。うちは五人兄弟なんですが、兄は大学教授や医者など優秀な人間ばかりなんですけど、末っ子のあいつだけはどうも……。すみません」 「い、いいえ」  弁護士先生の弟さんだったか。探偵といわれドキッとしたが、優秀ではないようなので安心。私の計画の障害になるような人物ではないみたい。確かに少し頼りない風貌だ。大学生の子は甥っ子のよう。彼もまたどうでもいい人物みたいでホッとする。  しかし、先ほどから探偵は私の部屋をぐるぐる歩いては物色している。クローゼットは開けるし、ドレッサーも物色する。失礼極まりないし、デリカシーのかけらも無い。私はだんだん腹が立ってきて、ついきつめの声を上げてしまう。 「あの、止めてもらえませんか?」 「えっ、ああ、すみません。しかし化粧品、舞台用のものがあるんですけど」 「む、昔のです。なかなか捨てられなくて」 「舞台でもやっていたんですか? 確かに奥さん、お綺麗ですもんねぇ。オーガニック化粧品も多いなぁ。美容に気を遣っている。これは練り紅? これは手作りリップかな?」 「あ、あの……」 「おい、いい加減にしろ! 奥さんが困っているじゃないか」  弁護士先生の叱責によりようやく探偵の手が止まった。まったく化粧品やクローゼットなど女性としてみられたくない場所ばかり見るなんて。それに、そこら辺はあまり見られて欲しくないところ。それにしても、男のくせに何で化粧品に詳しいんだろう。ちょっと冷や汗が出てしまったじゃない。  私はここで気づく。いつの間にか甥っ子くんがいなくなっている。どこに行ったのだろうか。そう思っているとタイミング良く、彼が部屋に戻ってきた。探偵に何か伝えている。
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