「赤いくちづけ」

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「言われた通り、聞いてきましたよ。父の名を出したら、本当にすんなり教えてくれて。父ってすごいんですね」 「こういうときぐらいしか役に立たないけどね。それで?」 「えっと、亡くなられたのはこの家の主、伊原祐二さん。死因はシアン化合物系の毒物による中毒死。通報は今日の午後一時過ぎですね。ベッドサイドには遺書らしきものが置かれていました」 「シアン化合物、青酸カリなどか。遺書は手書き?」 「いいえ、パソコンで書かれたものです。そのパソコンには殺鼠剤や青酸カリなどを調べた形跡があったみたいです」  すると探偵がこちらを見た。 「旦那さんは最近悩んでいたとか、変わった様子はありました?」 「そ、そういえば、少し思い詰めている様子でした。仕事が上手くいっていないのか、考え込んでいる姿をよく見ました」 「そうですか」 「あのとき、私がちゃんと話を聞いてあげていたら……」  私の口から嗚咽が漏れる。今話したことは全てでまかせだ。ありきたりな話なのか、探偵はすぐに興味を無くし、甥っ子に体を向けた。そう、それでいい。 「ふ~ん。あと、変わったこととかは?」 「毒物が家の中で見つかっていないことですかね。休日なのでお昼を召し上がった形跡はあるんですが、残ったお昼ごはんや食器類、いずれからも毒物は検出されていないそうです。あとは、伊原さんは持病があるのか、薬を飲んでいたみたいですよ。カプセル型の薬なんですけど、その中身を毒と入れ替えたんじゃないかと言ってましたね。まぁ全部を調べてみないと分からないけど。ああ! あと足にわずかですけど、赤い口紅の痕があったとか」 「口紅ねぇ……」 「やっぱり自殺ですかね?」  一方私はがっくりと肩を落とし、顔を両手で覆っている。悲しみで泣き疲れた妻の姿。私の背中を弁護士先生が優しくなでてくれている。まるで奥さんお辛いでしょうね、本当に旦那さんを愛していたんだなぁ、と言っているみたいで、本当に笑ってしまいそう。肩が小刻みに揺れても、それは涙を堪えているんだと勘違いしてくれる。本当は笑いをこらえているとも知らずに。
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