「赤いくちづけ」

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 私はかぶりを振る。何をうろたえているの。目の前の育ちがよさそうで頼りない見た目の探偵にいったい何が分かるというの。ポンコツだと、彼の兄も言っていたではないか。  だけど……。  彼が見るもの、気にするもの、質問すること全て……、的を外していない! この探偵は気づいているの?  探偵は庭に出た。私もその後を追う。動揺を悟られたくない。でも抑えきれないぐらいまで私の心は揺れている。 「ご立派な庭ですねぇ」 「あ、ありがとうございます」 「あれはビワの木ですか? ビワの旬は初夏だから、もうすぐですね」 「ええ」 「やっぱり外の空気は素晴らしい。でも今日は少し暑いなぁ。季節外れに暑い日が続いていますけど、奥さんは長袖なんですね。暑くないですか?」 「ひ、日焼けしたくないんで」 「でもクローゼットの中を拝見しましたけど、五分袖や半袖が一枚もありませんでしたよ?」  私の呼吸が浅く早くなる。なに、なんなの。私は探偵を、恐ろしいものを見るような目で見る。すると彼は悲しそうに私を見ているではないか。そして彼の口が動き、終幕を告げる。 「伊原祐二さんを殺したのは、あなたですね」 「ど、どうして、そう思うんです?」  ちゃんと声に出せただろうか。動揺が出ないように気を付けたつもりだが、不安しかなかった。  私は小さく深呼吸をし、探偵を見る。まだ彼の口から何も聞いていない。もしかした全くの的外れで、適当に言っただけかもしれないじゃない。 「どうして私が犯人だと? 毒はこの家のどこからも出ていませんし、どうやって夫に飲ませたというんです?」 「大事なところですよね。犯人の薬物購入ルートと被害者に飲ませた方法は大事です。そこが解明されないと、なかなか事件に持っていきにくい」 「夫は自殺なんじゃないんですか? 毒を調べたような形跡と遺書、最近の思いつめた様子。確かに私は何も出来なかった。私が殺したようなものかもしれません。けど……」 「奥さん」 「はい?」 「僕は最初から他殺を疑っていた。なぜなら、自殺に毒を使うなんて聞いたことがないから」 「えっ……」  一瞬、何を言っているのか分からなかった。自殺に毒を使うなど聞いたことがない? どういうこと? 混乱する私に探偵は優しくその理由を教える。
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