「赤いくちづけ」

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「中世ヨーロッパなど昔の物語などでは聞いたりしますよ。でも今は現代です。自殺といえば首つり、飛び降り、練炭自殺が主でしょう。薬系では睡眠薬などの大量服薬ぐらいです。わざわざシアン化合物を飲む人は滅多にいない。だって、面倒ですからね。そう考えると、最初からこの計画は破たんしていたという事です」 「…………」 「そして自殺を示すもの、パソコンの履歴や遺書はどれも偽造出来るものだった」 「だから私を疑ったんですか?」 「夫が死ねば妻が疑われ、妻が死ねば夫が疑われる。既婚者の宿命ですね」  笑えない冗談を笑顔で言う探偵。なんかだんだんと腹が立ってきた。じゃあ聞こうではないか、探偵の推理というものを。 「なぜ私が夫を殺さなければならないんです?」 「仲の良い夫婦、理想の夫婦。あなたたちはご近所さんや友人からそう思われていた。だけど、それは違う。奥さん、あなた、旦那さんから暴力を受けていましたよね? いわゆる家庭内暴力、DVです」 「どうしてそんな推理に?」 「化粧台にあった舞台用のドウランはあざを隠すため。クローゼットを覗いたとき、長袖の服しかなかったのも同じ理由です。そして壁や床の傷。小さいですが数が多すぎる。物を投げられて当たったなどしたんでしょう」  ここで私は諦めの境地に入り出した。この探偵は全て分かっている。だけどここで認めるのも癪なので、最後まで話を聞くことにした。最後の最後でミスでもしているかもしれない、そんな淡い期待を抱きながら。 「毒は? それに、どうやって飲ませたと?」 「シアン化合物と聞いて、みんなは特殊な薬、特殊な所にしか売ってないと思うでしょうね。でも意外に身近にあることを知らない。あれもそうですね」  探偵は指さした。その先にあるのはビワの木だ。 「有名なのは青梅ですね。未熟な梅には毒があると言いますが、ビワも同じ。毒があるのは種子で、アミグダリンといったかな、体内に入ると分解されて青酸が出来る。青酸を大量摂取すると、頭痛やめまい嘔吐を起こし、場合によってはけいれんや呼吸困難を起こし死に至る。梅は加工すれば毒性は消えるし、完熟した実も大丈夫。そもそも種子は食べない。でも未熟なビワの種子を乾燥させ粉末にすれば、立派な天然の毒物が出来上がる」 「でもこの家からそんなもの出てきてませんよ」 「そう、それが不思議なんだ。食器や食べ物など、旦那さんが口に含むものからは毒物が出てきてない! じゃあどうやって摂取させていたんだろうか?」  心底不思議がる探偵に、なんだと私はガッカリする。全部わかっていたわけじゃなかったのか。期待して損した気分である。だけどその探偵の顔がニヤリと笑う。
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