「赤いくちづけ」

8/9
94人が本棚に入れています
本棚に追加
/194ページ
「僕の演技も上手いものでしょ? 口から摂取させる方が手っ取り早いのにあなたはそうしなかった。あなたが選んだ方法は皮膚から摂取させる方法だった。時間をかけることで真の混入ルートを分からせないようにしたのかな。でも僕は分かった。足に着いた口紅、それが大きなヒントだった」 「……はぁ、本当にすべて分かってるんですね」 「足に口紅がつく状況とはどういうものか、想像したけど、何も思いつかなかった。だけど旦那さんがDV男なら話は違ってくる。ああいう男性は女性を支配したい、従属させたがる。そして蔑み、罵り、罵倒することに快感を得る。だから足にキスするように命令することもあるかもしれない。だってそれは、とても、侮辱的だから」 「そう、あの男は悪魔だった。私に何度も暴力を振るい、気に食わないと罵り、物を投げつける。結婚する前は良い人だったのに、結婚後は人が変わったようでした。初めはすぐに止めてくれると思って耐えてきたんです。だって殴ったあとは謝ってくるんですよ。だからこの人には私しかいないんだって思っていた時もありました」 「典型的なDV被害者の心理ですね」 「ええ。そして暴力が続くと最後には諦めてしまうんです、いろいろと。抵抗する気力もなくなってしまう。でも私は最後の力を振り絞りました」 「それがこの完全犯罪計画ですか」 「あなたに全て見破られましたけど」  すると探偵がポケットから何かを取り出した。掲げられたものを見て、私は天を仰ぐ。誰よ、彼がポンコツだなんて言ったのは。完全に敗北じゃないか。 「この練り紅に毒を練り込んだんですね。まさか犯人が使うものに毒が盛られているなんて誰も思わない。あなたはこれを自らの唇に塗り、朝のキス、服従のキスをし続けた。それらは毒が含まれた死のくちづけだった」 「ええ、その通り」 「危険な賭けですよね。まぁ、毒が入っていると分かっていれば、それなりに予防は出来るだろうけど」 「人一人殺そうとしてるんです。それなりのリスクは背負わないと」 「でもあなたは勝つと確信していた。なぜなら旦那さんには持病があったから。薬は肝臓や腎臓で処理される。そこの臓器が弱っている人は薬を上手く代謝出来ず、成分が体内に残り副作用が起きやすくなる。つまり、旦那さんは普通の人よりも早く効く可能性が高かった」 「ええ、その通りです」  私はまぶしい日差しに目を細める。今日も暑い一日だ。袖をめくりたくなるが、腕にはあざや傷が無数にある。見るだけであの男の顔が思い浮かび、恐怖で呼吸が苦しくなる。あぁ爽やかな初夏なのに。半袖を着られる日がいつか来るのだろうか。 「自首したらどうですか?」 「えっ?」
/194ページ

最初のコメントを投稿しよう!