「間が悪い男」

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   1  俺ほど運の無い奴もいないだろう。  小さなものも含めれば、エピソードとしてはきりがない。  行列に並んでいて俺の前で売り切れるなどざらだし、バーで出会った好みの女の子と良い雰囲気になっても遅れて彼氏がやってきたり、とある会社の株を買えば数週間後に不祥事を起こし大暴落など。  本当に不幸話のオンパレード。もしかしたらそれで本が一冊書けるかもしれない。  そしてその不運のせいで俺は今大ピンチに陥っている。  仲のいい友人、親友ぐらいに思っていた奴に騙され、かなりの額の借金を背負わされてしまったのだ。連帯保証人のサインだけはあれだけするなと周りから言われていたのだが。しかもそいつはヤバいところから金を借りていたらしく、身代わりとしてすぐにでも腎臓を抜かれるか遠洋漁業の船に放り込まれるか……とにかく、大ピンチに陥っている。  だがそんな俺にも運が回ってきた。  こんなピンチの時に思い出したのは俺の伯父のことだった。  御年七十にもなる伯父は不動産で成功をおさめ、現在は悠々自適の一人暮らしをしている。この歳で一人暮らし? 奥さんは亡くなった? と思うだろうがそうじゃない。彼はかなりの偏屈者で変わり者なのだ。そのため家族からも疎まれ、結婚することもなく現在に至っている。  今は山奥の一軒家で家庭菜園をしつつ、趣味のクラシックを防音室で聞きながら酒を飲むという優雅な生活をしている。  そんな伯父ではあるが何故か俺とは馬が合った。家族の中で定期的に会っているのは俺ぐらいのものだろう。伯父の山奥の家をときどき訪れ、話し相手になったり代わりに買い物に行ったりとちょくちょく世話を焼いている。俺とすればその分もらえるお小遣いが目当てなのだが、伯父はそれでも嬉しいらしい。  ある日伯父がこんなことを言った。 「俺が死んだら財産は全てお前にやる」 「へぇ~冗談だろ?」 「冗談なものか。他のやつなど俺のそばにも来ようとしない。俺を気に掛けてくれているのはお前だけだ。ならばその礼をするのは当たり前だろう」 「そうかい、そうかい。なら、遠慮なくもらってやるよ」 「ああ、そうしろ。金はあの世に持っていけんからなぁ」  あのときは冗談半分で聞き流していたが、どうやらその後伯父は本当に俺に遺産を渡すために遺言書を作成したらしい。  絶賛大ピンチ中の俺はその話を思い出したのだ。まさしくこれこそ神の啓示。伯父には悪いが、今の俺には金が要る。そのためには彼を犠牲にするのも厭わない。自分の身の方が何百倍も大事である。  こうして俺の犯罪計画は始まったのだ。
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