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するとアケミはゆっくりと話してくれた。その声はおとぎ話を話すように穏やかで少しだけ悲しい響きを持っている。
アケミがどうしていなくなったのか、初めはとにかく私を困らせようと思っていなくなったらしい。ビジネスホテルに泊まり酒を呑んだり、コンビニ弁当を食べたり有名店のテイクアウトを取って一人で楽しんでいたようだ。
ただしばらくしてアケミ、つまり今まで結婚生活をしていたアケミは「このままいなくなった方がいいのかな」と思ったそうだ。だがアケミは思いとどまった。
「だって、アケミはあなたをちゃんと好きだったもの」
「僕は嫌われていると思っていたよ。そうか、そうなんだ」
「当たり前よ。この子は私からあなたを奪うことも考えていたみたいだし、私が消えてもいいんじゃないかって思っていた時だってあったわ。私っていうのが今こうして話している私ね」
念を押して確認するアケミ。「うん、わかるよ」と強くうなづいて返した。
「でもあなたはその、私のことが好きだからってそんな理由で思いとどまったの。本当は自分が全部の人生を生きたいのに、それなのに私のことすらも考えてくれてた」
「君にとって彼女、もう一人のアケミはどういう存在なの」
「今は、片割れのようなもの。多分双子の子たちがそうであるみたいに私にとってアケミはもういなくなっては駄目な存在だと思う」
「彼女とはずっと一緒に存在したいの」
「そうなんだと思う。彼女がいなくなると不安で不安で仕方がない。あの子がいてくれるから私は平常でいられるんだと思う」
二人が本当に一つだったなら。もしかしたら私はもっと彼女を深く知れてもっと楽しい関係になっていたかもしれない。
でもそれは現実にはならなかった。アケミは二人いて私は両方のアケミに対して気持ちを寄せている。
それに今気が付いた。
「君は、今日で消えてしまうの」
さらさらの髪の毛を撫でる。体は同じはずだから髪の質感なんて同じはずなのに別のもののようだ。
アケミは困った顔をした。それは自分でもよくわからないといったどっちつかずの表情だ。そこに自分の人格が消えてしまうかもしれないという恐怖はなく、ただただ想像できない未来を思っているのと同じ表情だ。
重くない沈黙を置いてからアケミは「わからない」とだけ答えた。首を振ることも悲観した表情をすることもなかった。
「そう」
私もそれ以上は聞くことができずただ今目の前にいるアケミについてだけ考えることが自分ができる精いっぱいのことなのかもしれないと思った。
そうけじめをつけると私はアケミをでいるだけ力を入れずに柔らかく抱きしめた。
アケミはゆっくりと私の背中に手をまわして乳房の柔らかさがなくなるほど体を密着させる。
しばらく抱き合ってから私たちは体を交えた。今までにないくらい時間をかけて私はアケミの身体を開いていき、アケミはそれに答えてくれた。
もっと欲に任せて激しくお互いをもとめれば心の底にあるものがわかるのかもしれない、と思った。本能の赴くまま交われば言葉にしがたいものが見えるのではないか。そんな気がした。
そこまでわかっていてそれができなかったのは本能からくる欲などどうでもいいくらいアケミのことが、アケミのどちらの人格も大切だと思ったからだろう。
お互いに大切に愛撫しあってすべてが果てた時、世の中は日付を変えていた。終えた後は言葉すらないままお互いにくっついて眠りについた。
眠りにつく瞬間アケミが「私はあなたといれてよかったわ」と言った。
私はというとすべてが底をついてしまったばかりにうつらうつらしながら「僕もだよ。君を愛している」と普段では言えないことを言った。
眠りの入り口をくぐった時、目が覚めたら横にいるのはアケミだろうかそれとももう一人のアケミだろうか。ということを考えた。
でもそれは自分の中ではどうでもいい。
私はどちらのアケミも愛している。これは夫婦だけの秘密だ。
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