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ながれでアケミと夫婦になったわけではない。端から見れば淡々としている印象に思うかもしれないが、私は心からアケミのことを想っていた。
内側にこもったアケミはときどき表に現れたが不定期でとても短時間だった。
結婚して初めて元のアケミが出てきたのは式を挙げた当日の夜だった。最後に会ったのはいつだったかと思うほど前のことだった。会いたいと思っていたが会って改めて言葉を交わそうとすると空気をつかんでいるように手ごたえが感じられない。
「結婚してくれてありがとう。なんだか他人のことの様なんだけど」
アケミはいつもの優しい笑顔で言ってくれた。アケミ自身が結婚したことに驚いていた。
「ううん。これからのことは一つ一つ考えていけばいいよ。でも、そのどうして君はこもることになったの」
早く聞けばよかったことを今更ながら聞いた。このことを聞くと困るかなと思ったことと、聞くことの恐怖が勝っていた。
アケミは聞かれた瞬間に思ったよりも穏やかな顔をして少しだけ笑った。
「わからない。自分でもどうしてそうなったのか全く分からないのよ。どうしてか。私は別に自分のことを放棄したいわけでもなかった。すごく困っていたでしょう。表に来た裏の私は。それは申し訳なく思うのよ」
自分に対して申し訳ないという感情を持つというのも不思議なものだった。自分のことであり全く違う人格のアケミのことをまるで友達や姉妹のように気にしているようだ。
アケミ自身も戸惑っている中で私は自分の中で残酷な疑問を自分自身にぶつけた。
自分は一体、本当は、どっちのアケミが好きなのだろう。
不思議なことにアケミからはこの質問をいまだに受けていなかった。アケミが気をつかって聞いていないのか、もしくはただ単に思い浮かべていないのか。
どちらにせよ私にとってはありがたいことだ。二重人格のことを知ってから私はその質問が怖くて仕方がなかった。それを聞かれてどちらかを選ばなくてはならないということは、どちらかを決定的に傷つけてしまうということだ。私はどちらも否定したくない。
ということは、どちらも選べないということだ。優柔不断な自分がいやになるが、それでも私はアケミと別れることはできないと思った。
なぜなら。どちらも選ぶということが許されるのであれば、私はどちらのアケミも好きだと胸を張れるからだ。
お互いの親は私とアケミの秘密を知ることはなく、平凡な夫婦として認識していた。
アケミは私以外の人間には普通に愛想がよく礼儀が行き届いた女性を演じていたし、私はそんな妻をほほえましく見守る夫としてふるまっていた。
打合せなどしていないのにある意味仮面夫婦を演じ、非日常でありながら平凡な日々を送った。
裏のアケミがほぼ生活のすべてを占めそして表にいたアケミは月に一度表に現れては私と話をした。
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