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アケミの顔は恥ずかしさや悔しさが滲んだ瞳をこちらに向け、表情は怒りや悲しみを激しく押し出していた。感情そのものだと私は自分がとった行動を後悔した。こんなことしなければよかった。
「こんなことして、あんた馬鹿じゃないの。私はそんな同情いらない。あんたは憐れんで私を抱いてるんでしょ。本当は頭のなかは元のアケミのことでいっぱいなんでしょ。どんなきれいごとを並べても私にはわかるもの。あんたは私を通してアケミを見てるの。本当のアケミの方を」
「はっきりさせない僕が一番悪いけど、でも君だって本当のことを言わないじゃないか。僕以外の人間には自分のことをすべて秘密にして、そのくせ僕を拒絶して、そんなことして孤独なだけじゃないか」
「本当のことって何よ。何言ってんの」
私の言葉にかみついてくるが表情はおびえたものそのものだ。自分の言葉がアケミを責めていることに気が付いていた。だがここであたりさわりのない言葉を投げかければ多分アケミとの距離は一生縮められない。
息を一つ吐いて私は言葉を放った。
「君は本当は消えたくないだろう。このままの生活を続けたいと思っているはずだよ。僕にはわかる」
その言葉は確実にアケミの胸を射た。それを証拠にアケミの顔は赤くなった後に青くなる。息も激しさを増して過呼吸と同じくらいの強さで肩が揺れた。
ああ、言うべきではなかった。早くも自分の発言を後悔しできれば彼女に届いた文字を回収したかった。だが言葉に実態はない。そんなことはできないとわかっていつつも、私は呆然と青い顔をしたままのアケミをじっと見て自分の言葉を探した。
そのまましばらく私は固まったまま、そしてアケミも固まったまま部屋の中ではただ時計だけが時を刻んでいた。
時を刻むと同時に私とアケミとの関係も確実に切り離そうとしているようにも思えた。
どれくらいの時間が過ぎたのか。それはもしかしたら一分程度だったのかもしれないし一時間も過ぎていたのかもしれない。私がしっかりと意識を持った時にはアケミは部屋から、いや家から出ていた。
玄関のドアが閉まる音が耳に障ったことだけが焼き付いている。
一時間ほどすれば帰ってくると思っていたがアケミは私が送ったメッセージすら読まずに、一晩すぎても帰ってくることはなかった。
義両親に連絡しようと思ったがそんなことをすれば何も知らない義両親は戸惑うだろうし、それ以上にアケミにも迷惑をこうむる。そうなれば一生アケミは私のところに帰ってこないだろう。
警察ももちろん駄目だ。だがぼんやりと家にいるわけにもいかず私はとりあえずアケミが行きそうな場所を探した。職場の周辺もお気に入りの雑貨屋も飲食店もすべて見て歩いた。普段は行かないであろうファミレスも見たし小さな喫茶店も見て回った。
しかしアケミの姿はなかった。片りんもなく気配もない。探している最中はすれ違う人が皆邪魔で仕方がない。
あてもなく店をじろじろ見るせいで中にいる客たちは気味が悪そうにこちらを見ていた。だがそれすらも気にならない。
アケミからは連絡もなく私からのメッセージも読んだ気配がない。電話ももちろんつながらない。
アケミを探す以外のことはしていないはずで忙しくもないのに家の中は洗濯物も汚れた食器も大量にたまった。床には埃すらたまっている。台所のシンクにはカビがはえ、冷蔵庫の中身は賞味期限がすぎた肉魚が異臭を放ち野菜はすべてしなびれた。
アケミがいなくなって二週間がすぎていた。不思議とアケミの職場から連絡がこない。ということはアケミは職場にはきちんと連絡しているのだろうか。朝早い時間帯に見張っていたが出勤はしていないようだ。
波風立てないためにアケミの職場にも連絡はしなかった。
仕事を休んででもアケミを探したかったが「妻が見つかるまで仕事を休みます」などとは言えない。それもきっとアケミを追い詰める原因になりかねない。
生活だけでも守ってアケミが帰ってくる場所を維持しなければ、というだけの思い出仕事に打ち込んだ。そして空いている時間、休みの日はアケミを探すことに全力を尽くした。
毎日アケミにメッセージを送るもそれも全く受けつけない。相手に伝わらない文章はただの文字の羅列だ。何の意味もない。
もうどうなってでもいいから、何かが手遅れになる前に警察に相談した方がいいのかもしれない。
そんなことがよぎり始めたころだった。まるで何事もなかったかのようにアケミが帰ってきた。
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