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二人の三角関係
妻に出会ったのは大学生のころだった。同じ学科で同じサークルに入り顔を合わせることは多くあったものの、まともに話したのは二年生になってからだった。
夏休み中にあるサークルの宴会で二年のメンバーで幹事をすることになり、数十名いる中から五名名乗り出た中に妻と私がいた。
宴会といっても大学構内の部屋を借りて親睦会をするといったもので、お酒は厳禁という健全なものだ。
用意するのはお菓子やオードブルといった軽食ばかりでその買い出しと、大学から教室を借りる調整とビンゴゲームの準備といったことが幹事の役割でそう大層なものはなかった。
幹事の中でも中心となって仕切っていた私は妻、その時はただの同期のアケミとよく話した。
「私はこういうのは初めてだからよくわからない。」
買い出しリストを見つつアケミは浮かない顔だった。気楽な集まりといっても幹事は無事に宴会を納める役割を持っているし、お金の管理もしなくてはならないので面倒ごとと言えばそれまでだ。
「まぁ、初めてのうちはね、わからないと思うけど。でも一度やれば次は手順がわかるからさ」
それまでに何度か飲み会の幹事をしたことが合った私はあまり苦ではなかった。一人でやるわけじゃないし、どこにいてもいずれやらなければいけないことだ。それを考えると今やっておいて、慣れていたほうが楽だ。
「それもそうだけど、でも面倒だなぁ」
アケミは口をとがらせて不服そうだった。その表情は幼い子供の様でもしかしたらその時くらいから私は惹かれていたのだと思う。
もともと雰囲気に華があった。特別美人というわけでもないがよく見ればかわいいタイプの子だ。後々わかったことだが高校生の時にも大学生の時にもよく交際を申し込まれていたらしい。その中の二人と付き合ったが結局どれも相手が振ったらしいと人づてに聞いた。それを聞いたときは意外だった。
人当たりも良い。分け隔てなく接するところは好感を持つ人間は多いし、話しやすい雰囲気を持っている。男女問わず好かれる人柄だ。
それなのにこうして子供の様な表情を見せるので不思議な人だ。
「タカオミ君はいつも落ち着いているね、ちょっとうらやましいよ。彼女とかいるの」
宴会の買い出しをするためにスーパーに向かう途中、アケミはただ純粋な口調でそう聞いてきた。
夕方だというのに暑さがまだ地面を這い、歩けば歩くほどぬるぬると暑さが体にまとわりつく。大学から徒歩十分程度のところにあるスーパーに行くのでさえ億劫になる。今年一番の暑い日だった。たしかにこの暑さのなか行かなくてはならないのなら、幹事をするのは嫌になるのもわかった。
面倒だ、やめておけば良かったなどという言葉は皆頭の中にうかんでいただろうがアケミ以外の人間は誰も文句を言わなかった。
文句を言えば雰囲気が悪くなることを皆が知っていて気遣っていたからだ、アケミは人当たりはいいが正直に自分の気持ちを言うことも多く、それなのにそれが無邪気で全く嫌味でないところがすごいのだ。
だからこうして私にもデリケートなことを聞くことができるのだろう。
「この前までいたんだけどね、振られたんだよね」
「え、そうなんだ。同じ学科の子?」
本当につい先月の話だった。私には当時高校三年生の時から付き合っていた彼女がいたのだが、進学先が違うこともありなかなか会えないでいた。それにどうやら彼女側に新たに好きな人ができた様子だった。言われたわけではないがなんとなく気が付いていた。
メールの文面もそっけないし電話で話していても相槌くらいしか返ってこず話が広がらない。正直なところ私も大学生活が思いのほか充実したものとなっていたので、彼女への気持ちを割く余裕がなかった。
こちらから切り出す前に彼女側が「別れたい」と言ってきてくれたのはややうれしくもあり、それなのに悲しいものでもあった。
「違う大学だよ。多分もう会わないかな。そっちは?」
失恋話なんて話したところで何ともないと思っていたが、案外言葉にすると痛みが込み上げる。決して嫌いになったわけではないのだ。ただ一緒にいる時間が少なくなっただけでどうしてこうも簡単に崩れたのか。それが当時の私には意思の弱さに思えたのだ。
そんなことはないのに、と大人になった今では思う。物理的な距離と心の距離は時に比例する。目に見えないものほど保つのは難しいものだ。
こちらが深刻な気持ちになっていることに気が付いていないのかアケミはあっけらかんとした声で私の質問に答えた。
「私は全然。今は全然いないの。好きな人もいない」
なんでもないように言う言葉はしゅっと夏の暑さにとけていく。その時ちょうどスーパーについて自動ドアから洩れる冷気に足を握られた。体はまだ暑いし汗が張り付く体も不快だ。
皆がそれぞれ「あー涼しい」などと言ってかごをもって売り場に入っていく。私もアケミもその後に続いた。
しかしその時だった。アケミが私のそばにひゅっと寄ってきて小声で言った。
「だから私と付き合わない?」
驚くということさえ忘れて私はアケミの顔を見下ろした。そこに小悪魔的な表情があれば私はおそらく申し出を断った。そういう遊びのある行動をする人間が私は嫌いだからだ。周りにはいくらかそういう人がいたがあまり関わらないようにもしていた。
堅物だと自分自身で思っていたが性にあわないものは合わない。私の性分を周りの人間も良く知っていたので、だからかこういう幹事役はよく回ってくるほうなのだ。
そのことはアケミも充分知っているはずなのだが、今言っていることは本気なのだろうか。何を考えているのだろうか。
冗談めかして誤魔化そうかと思ったが私はそれができなかた。目の前にあるアケミの表情はすがるほどに切実なものだったからだ。
これは演技なのだろうか。私はからかわれているのだろうか。一瞬のうちに頭の中にこれらが駆け巡った。時間にしては短いものだが私とアケミの間には重さのある時間が流れていた。
「あの」
発した言葉は答えではなく平凡なものだった。「あの」なんて言葉の後に一体どれくらい気の利いた言葉がでてくるだうか。
汗がやたらと背中を撫でる。それもひどくゆったりと。アケミの視線はひたすら私の表情や瞳の奥を探っていた。
「あの、とりあえずは。友達としてはどうかな」
私とアケミ以外の幹事たちはすっかりスーパーの奥まで進んでいる。入り口で立ち尽くしたまま私が告白に対して平凡な答えを口にしていることなど誰も予想もしないだろう。
アケミの表情を見るとまだまだ切実さがぬけなかったが、私の答えに力が抜けたような気配を見せた。
あきれたのかそれとも不満だったのかはわからない。それでも水に一滴の氷が落ちたほどの変化はあった。
「じゃあ、メル友くらいからだね」
アケミはそう言ってかごをもってスーパーの奥に進んでいく。その足取りはいつものもので夏の暑さやスーパーの冷気をものともしない軽やかなものだった。
一方私はというと足にまとわりつくほどにうっとうしかった暑さがなくなっていることに気が付く。
暑さがとけてしまった。
自分がアケミの言葉に動揺して暑さすら感じなくなったというよりもその表現がぴったりだった。
私に好意を抱いていることなど想像もしなかった。あまり話したこともなかったしもともと私は女子とは疎遠の方の人間だったからだ。
どうしてアケミは私と付き合いたいなどと思っているのだろう。私に好意を寄せているのだろう。
答えが出ない問いが延々と体を縛り長い間私は呆然とたちつくしていた。スーパーの冷気のさわやかさは私の足首を撫でていた。
しかしそれからは早かった。お互いの関係がすすむのは。自分が思っていた以上にアケミは私と多くの時間をもって会話を重ねてくれた。
授業の空き時間が合えば一緒に図書室へ行って課題を終わらせたり、昼食を一緒に食べたり一緒に通学したりと初めから恋人同士がする時間の過ごし方をした。
たまにアケミがお菓子を作ってきてくれることもあった。そのお菓子はどれも凝ったものでアイシングをしたクッキーやケーキ、洋酒を使ったチョコレートや色とりどりの果物を使いクッキーの土台も自分で作ったというタルトもあった。
毎回お店で買ったかのように紙箱に入れたお菓子を持ってきてくれるので自分で作ったのか、お店で買ったのかはアケミが言ってくれるまで判断がつかない。それほど持ってくる見た目も完ぺきだった。
アケミはバイトをしていなかったので一体どこから材料費が出ているのかは謎だったが、それについては触れなかった。普段着ている服も持っているカバンも普通のものだ。ブランドものではないのはファッションに詳しくない私でもわかった。
家が裕福なのかもしれない。うっすらと思っていたがそれをわざわざ聞くことは下品なので聞かなかった。
今日もアケミはクッキーを焼いて持ってきてくれた。透明なビニールに入れてあるクッキーはどんな工夫を凝らしているのかステンドグラスのようなデコレーションがされてあった。
ハート型や星型花型といったさまざまな形をした穴の中に色とりどりの食べられるガラスはきらきらと光り、初めて見た私は驚愕した。
「これすごいね。どうやって作ったの」
昼時を過ぎた大学の食堂には私とアケミと離れた席に生徒が座っている程度だった。時刻は午後二時。だいたい講義に出ている生徒がほとんどで私とアケミはたまたま空いている時間があった。
「型にとったクッキー生地に一回り小さいクッキー型で穴をあけてからそこに砕いた飴をいれて焼くんだよ。細かく砕くのが大変だったな。固いしね飴って」
「そんな方法があるんだ。すごいね、本当に。初めて見たよ」
クッキーは口の中に入れるとパリッと飴の部分が割れるが、その後にすっと口の中に溶けていった。それくらい薄く繊細なものなのだ。クッキーの香ばしさと相まって癖になる触感と味だった。
「今度一緒に材料を買いに行こうかなって思うんだけど、付き合ってくれる?」
「うん、いいよ。お菓子の材料なんて買ったことないな」
「そうだろうね。料理もしないの?」
「本当に簡単なものだけなら作るよ。チャーハンとかそういうの。ラーメンとか野菜炒めとか」
「へぇ、でもなんだが味気ないな。今度お弁当も作ってこようか。私案外料理もできるんだよね。まだ勉強中だけど」
誰かにお弁当を作ってもらうなどということは親以外になかった。ドラマや映画でよくある恋人がお弁当を作ってくれるというのは本当に起こることなのかと、少し驚いている自分もいた。
自分から友達からと言っておいて本格的に付き合い始めた時期などとうてい区別ができなかった。あっという間にアケミに魅了されたのだろう。恥ずかしい言い方だが。
自分が思ったことをそのまま言うには言うが私はそれで傷ついたことはなかった。少しだけ喧嘩に似た雰囲気をお互いに持ったこともあったが、それでも仲直りをするのは早かった。
親しい人はすでに公認カップルとして私とアケミを扱い、グループデートというものも何度もしたしカップルが集まるイベントにもしょっちゅう行くことがあった。
充実した大学生活を満喫している自分に気が付いたのは二年生が終わるころだった。入学当初はもっと殺伐とした学校生活になると思っていたのに、彼女ができてしかも割とながく続いている。勉強も問題ないし、このまま順調に単位を取れば卒業も難なくできそうだと思っていた。
しかし二年生の終わりと言えばそろそろ就職活動を視野に入れた生活を始めなければならない時期だ。それを思うと喉の奥が締まる思いがした。
感触も姿もわからない不安を抱えたまま問題なく私もアケミも三年生に進級し、いよいよ就職活動が目に見え始めた。
まだまだ何をしたいのかわからないという人が多い中、私は就職活動も順調でアケミとの関係も順調だ、ということはなかった。私も例のごとくというべきか就職に関して頭をねじらせる日々を過ごしていた。
アケミもそれは同じで秘書検定や簿記の資格を取ろうとしながらもどこに就職すべきか悩み倒しているようだった。お互いに自分の状況を話すこともあったがそればかり話していても気が滅入るだけなので、なるべく話題としては避けるようにした。
ただ一緒にいてとりとめのない話をしてアケミが作った弁当やお菓子を食べるということをしながら二人の時間を過ごした。険悪ではないが一瞬でそうなりそうな予感がする空気はあった。さみしいさはあったが不満はなかった。こういう時期もあるだろうと割り切っている自分がいたのでどうにか距離を保てていた。
当然ともいうべきかすでに体の関係もあった。私も若かったためそんな状況でも性欲があり、もしアケミが嫌がらなければ今日はどうだろう、という思いを持った日もいくどとあった。大学でしか顔を合わさないこともありそこから誘うというのは至難の業だ。ストレートに誘えばいいのかもしれないが断られたときのことを考えるとその後の気まずさや落胆する自分が嫌になる。言葉がうまくない私は結局諦めるしかなかった。
体の欲は確かにあった。それはどうしようもないことだったが肉欲に反して気持ちの問題がその頃に生じていたのだ。
倦怠期とは別にアケミに対する気持ちの土台が少し揺らぎはじめていのだ。
それがなぜかというと「人のまた聞きになるが」と友達が苦い顔と愉快な顔を混ぜたような表情をして話してくれた内容だ。
「アケミはちょっとおかしいところがある」
友達は短くそう言った。おかしいとは一体どういう類のものなのか私にはわからず首を傾げた。
「まぁ、これはまた聞きだから直接見たわけじゃないけど。付き合っているお前に言うのも、あれなんだけどさ」
「いいよ。正直に言ってくれれば」
ここまで言われては引き下がれない。一体アケミにどんなおかしいことがあるのか。私に話してくるということはよほどのことなのだろうが、内容によっては今話そうとしている友達とは距離を置くと決めた。陰でいろいろ言う人間はどうしても好きにはなれない。
「いやさ、アケミってちょっと記憶にずれがあるらしくて。それが妙なんだってさ。絶対忘れるようなことでもないことをすっかりなかったことにしてたり。かと思えばいきなり思い出したり。それがなんかこうあんまりにも妙らしいんだよな」
「そんなこと僕にだってあるよ。誰だって記憶違いをしていることなんてあるじゃないか」
自然と口調が荒くなった。あまり声を荒げることがないので友達もさすがに戸惑っていたけれど、それでも友達は手を横に振って「そうじゃなくて」と続けた。
「それが付き合っている男を忘れるんだってよ。なんでも」
そう言われてもピンとこなかった。一体この男は何を言っているのかと見つめるので精いっぱいで、頭の中が混乱した。
「付き合っている男を、忘れる?一体どういうこと?ちょっと意味が分からないよ」
まるで映画のようなセリフを言うと友達は「そうだろ。俺だってわかんないよ」と無責任なことを口にして続けた。
「デート中にいきなり彼氏の方を向いて『あんた誰?』って言ってくるらしくてさ。それが口調も全然違くて表情もきつくなってさ。アケミじゃないみたいなんだ。でも数秒後には元に戻ってていつものアケミになる。はじめはからかわれているのかと彼氏たちは思ってたみたいだけど、その回数が多くなってきてそれで彼氏たちは振ったってわけ。聞いたことあるだろ。アケミは振られたことしかないって」
「それは、噂程度には聞いたことはあるけど。でもそんなこと信じられないよ。確かな情報なの?」
「本当だって。俺の友達の友達がアケミの元彼でそいつくそ真面目な性格みたいだからさ。そんな作り話言うやつじゃないって聞いてる」
「会ったこともないからそれはわからないよ。もしかしたら自分が振られたからアケミの悪い噂を立てているのかもしれないじゃないか」
「仮に振られたとしてもこんな奇妙な噂流すか?もっと現実的な噂のながしようがあるだろ。男をとっかえひっかえしているとかさ」
それはそうだ、と自分で言ったのに思った。アケミに何かしらの恨みがあればもっともっと現実的な悪い噂の流し方がある。ファンタジックなことを言う方が奇妙に思われるに決まっているのだから。
「お前は今のところないんだよな?そういうの」
心配しているというよりも好奇心が抑えられない口調で友達が訊いてきた。もちろんそんなことはない。アケミは普通の女の子だ。デートの時だって自分から内容を探して会話を続けてくれるし、倦怠期と言われる今でもお菓子を作ってきてくれる気遣いができる子だ。
それを考えるとこんな噂を流している元彼に腹が立ってしかたがない。自分がうまくいかなかったからと言って今更変なことを言わないでほしい。
気持ちの表面は腹立たしさで満たされていたが、その下で私はわずかだがアケミのことを疑うような気持ちも抱いていた。
確かに今まで忘れられるといった奇妙なことはない。表情も口調もいつものアケミのままだ。
ただ、時々アケミの横顔を見ると目の奥がとても遠くを見ているときがある。その横顔が今にもいなくなりそうなもので、怖くなったことが何度かあった。それに友達の言うことを信じるわけではないが、その時の顔が別人のように冷めていた。
その時は思わず声をかけたがアケミはすぐにいつもの表情になり「なに?」とかわいらしい声で聞いてくるのだ。
気のせいだと思っていた。だが友達からの情報を聞いてしまうと自分が見たものは間違ったものではないのかもしれないとも思うようにもなった。
もしかしてアケミは何かを隠しているのではないか。自分が知らないことがあるのではないか、と思い始めた。
だがいくら妙なところがあれど、それを他人に言うことはアケミのことを悪く言っているようで嫌なのだ。だから元彼が妙な噂を流していることに嫌悪した。その気持ちも本当だ。
アケミのことを疑っているわけではない。
その頃の私は複雑な気持ちだった。倦怠期であり妙な面の話も聞いたこともあり、すべてが相まってアケミに対する好意が揺らいでいた。
そう思ってしまうと一緒にいても彼女の表情を探るようでどうにも落ち着かない時もある。
「何か私の顔についてる?」
あまりにも私が見ていたせいかアケミがついに聞いてきた。私はどうしたらいいのかわからずに「いや、別に」と短く答えてアケミが作ってきてくれたパウンドケーキを口にした。
妙にぱさぱさした舌ざわりだ。いつもならしっとりとしているはずなのに。
口の中が渇いているせいだ。今まで感じたことがないほどの渇きを感じていた。アケミと一緒にいるときは穏やかに過ごせる時だと思っていたが、いつの間にか緊張する時間になっていたようだ。
「就活うまくいってる?」
そう聞きながらアケミもパウンドケーキを口にした。
「まぁ、そこそこかな」
実際はそこそこというほど思うようにはいっていなかった。担当の先生からは「もっとやりたいことを固めたほうがいいだろうね」と言われ、確かに自分が志望している就職先はバラバラのジャンルで自分でも何がしたいのかわかっていないのだ。
いまいちピンとこない就職先の問題は自分だけでなくみんなが抱えているモノで特別なものではない。それよりも今はアケミのことが気になって仕方がない日々なのだ。
話が広がらないので内容を模索していると隣にいるアケミが足を組んだ。その組み方は漫画や映画などで観る色っぽい女性がするものと同じようなしぐさで、私は反射的に「あれ」と思った。足を組むなどということを今までしていたことがない。
足元からゆっくりと顔をあげてアケミの顔を見る。
するとそこには頬杖をついてこちらを挑発的に見つめているアケミがいた。瞳の色は今までに見たことがない、透明で鋭い色だ。全くの別人がそこにいた。
私はアケミを見据えて自分でも驚くほど冷静な声で聞いた。
「君はアケミじゃないだろう」
そう聞くとにっと口元が上がるアケミ。かわいらしい表情はなく自信を通り越し、すべてを見下すようなその瞳。こんな瞳は今までに見たことがない。
普通なら不快に思うその色を私は心の底からきれいだと思った。
その時の表情を十年過ぎた今も私の目には焼き付いている。
アケミと結婚してから三年の月日がながれていた。
大学を卒業して隣の県に就職した私とアケミは仕事にも慣れたころに結婚をして、それぞれの時間を大切にしながら日々を過ごしたていた。
今年でお互いに三十二歳になる。この年齢になってくると後輩も部下もできる時期になっており、仕事も自分が指示をだすものばかりになっていた。
県の中心部に住んでいるので交通の便も良く、流行りの店は数多くある。都会というほどではないが田舎でもないちょうどいい町だ。お互いの実家には車で一時間かかる程度で遠いというほどではない。
今は3LDKの賃貸アパートで生活しているが近いうちにマンションか戸建て住宅を購入する予定だ。貯金もそれなりに貯まりすでにいくつかの物件を見学していた。
今日は二人そろって休み。朝食を作ることは殆どないが気分が変わりフレンチトーストを作ってみた。
以前アケミに教えてもらったやり方で焼いてみたが焦げすぎてしまった。
台所に立ったまま食パンを四等分した中の一つを食べ終えてアケミの分をテーブルに置いた。サラダも作れば見栄えは良いだろうがそこまでのやる気が出なかった。
コーヒーを淹れてから席についてテレビを見ながら残りのフレンチトーストを食べることにする。もともと朝はあまり食べないのだ。休日だからなおさら食べる必要などないのにどうして作ろうと思ったのだろう。昨日テレビでフレンチトーストを作っているのを観たからだと気が付いたのはぼんやりとテレビを観ている途中からだった。
ニュースを観てると動物園でペンギンの赤ちゃんが生まれた話やまだ春に入ったばかりだというのに夏は例年以上に猛暑になる話や政治家の不適切発言の謝罪など一気に様々な情報が朝から叩き込んでくる。
世の中いろいろ動いているんだなぁとのんきな感想しか出てこない。自分が過ごしている日常はいつも同じような似たような日々が流れているからだ。劇的なことが起こるというのはない。
だがよく考えるともしかしたら私が置かれている状況は劇的な方に入るのではないか。今は慣れてしまったが他人が見れば私とアケミの関係はおかしなものだろう。
「フレンチトースト?朝から料理したんだ。珍しいこともあるものねぇ」
せっつくようなモノの言い方は怒っているのではなく普段通りの口調だ。不機嫌そうに感じるのも会社では隠しているらしいが私に対してはそのままで接してくる。もう慣れたので驚くことはない。
起きてきたアケミは立ったままニュースを観ていたが少ししてから台所へ行き自分にコーヒーを淹れた。
「おはよう。食べたかったらどうぞ」
「うん」
態度に反して案外素直に返事をする。これもいつものことなのだ。私はアケミを一瞬見てから再びテレビに目を向ける。
パジャマ姿にしては凛々しい雰囲気があり髪の毛も整えられていないが無造作ヘア同様の魅力がある。
雰囲気は姉御系。普段多くの時間をアケミはこの感じで過ごしている。演じているのではなく自然なままのアケミだ。
コーヒーを手に取ったアケミは席に着くとさらに盛られているフレンチトーストを食べ始めた。小さく一口サイズにして食べている姿は強気の姿勢に反して小動物のような可愛さがある。
フォークの横腹で切り分けながら「このニュース最近ずっとしてるね」と政治家の不適切発言の謝罪映像を観て吐き捨てるように言った。
「まぁ、こんなのはだいたい一週間はするだろうね」
「皆謝ってもらうのが好きだよね。こんなの謝って誰が気が済むんだろ。自分が馬鹿やったって気が付かないやつはそのまま死ねばいいだけなのに」
「間違ったことをした人に正しいことを教えるっていうのは、物事のながれとしてはあたり前の事だよ。そうはいってもその後に本人が変わらなかったら意味無いけど」
「でしょ。この人に考え方が変わる見込みがあるとは思えないな。もう六十過ぎじゃん。価値観を変えるなんて無理だよ。老い先短いしね」
「確かにそうだけどねぇ、皆謝ってもらいたいんだよ。きっと普段から自分たちが悪くないことをして謝っているから。多分」
「その多分、ってなによ。多分って」
「ネットでの情報だけどブラック企業に勤めている人が多いんだ。理不尽な理由で上司に謝れって言われるらしいよ。仕方がないと言えば仕方がないよ。今の上司の人たちは学生時代に携帯電話もネットもなかったし。いろんな文化もなかったし。僕たちがギリギリそういうのが始まったばかりの頃じゃないか。今の子供たちなんか生まれた時から全部あるだろ。ないものが少ない時代に生まれてるんだからその差はすごいよ」
「時代についていけないなんて悲惨」
アケミは吐き捨てるように言ってから今度はフレンチトーストを食べることに集中し、それ以降はテレビの内容に何の文句もつけなかった。
朝からこういう者の在り方を批判する会話をするのは珍しいことではない。特別な活動をしているわけではないが、アケミは理不尽なことや意味ないことを目にするととことん批判することがある。
アケミは朝食を食べ終わるとコーヒーを飲み終えてからリビングを出ていった。おそらく着替えをして化粧をして出かけるのだろう。アケミは休日は必ず外出して買い物をしたりしなくても小物雑貨をみて回るのが好きだ。結婚当初は私も付き合っていたが今はアケミ一人で行くことが多い。
「支度があるから片付けよろしく」
なんの遠慮もなく朝食の後片付けを私に任せてくる。私が勝手に用意したのだからそれもそうだ。
「いいよ。昼には帰ってくる?」
「うん、でも一時頃になると思う。ご飯は適当にするからあなたはあなたの分だけ用意して」
「わかった。気をつけてね」
「わかってる。ごちそうさま」
アケミは自分の部屋に向かいリビングから出ていく。私もそれを合図にというべきか立ち上がって後片付けを始めることにした。
大学生のころにはこんな結婚生活を送るとは思っていなかった。アケミと結婚するかもわからなかったが、自分が結婚する相手をアケミ以外考えられなかったというのもある。
矛盾している。アケミとの未来を描けないのにアケミとしかいたくないと思う自分が青臭い自分の中に絶対的にあった。
それにアケミの秘密を知ってしまい放っておくことなどできない、自分が一生一緒にいるつもりで付き合おうと決意し始めていた。
つまりこういうことだ、という話になる。
アケミの中にはもう一人のアケミがいた。ドラマのように全くの別人格だったがその人格に名前がついているわけではなく、アケミの中のアケミも「アケミ」と名乗った。
私が知っているアケミよりも普段は内側にいるアケミは気が強く、気性が激しく、わがままな面が目立つ性格をしていた。勝気といよりは人を子馬鹿にする面も目立つので多くの人から好かれるタイプの人間ではない。
私の前に内側のアケミが初めて表に出た時のことは今でもよく覚えている。唐突に起こったことだったので戸惑いはごまかせなかった。
君はアケミではないと言うとアケミは「ふふ」と不敵に笑って「そうだよ」となんでもないように言った。
足を組んだままのアケミは上側にしているつま先を上下に揺らしながら「なんでわかったの」と面白そうに聞いた。
声はアケミのものそのものだ。それなのに全く違う響きをして私の耳に入り、わざわざ神経をつつく。
動揺と高揚が混在した。
ドラマの設定ならともかく現実に二重人格というものが存在するのかという信じられない、という意味の動揺。
ドラマの設定のような現実が自分の目の前にある、という意味の高揚。それらは丁度半分半分に渦巻く。
「あまりにもいつものアケミとは違うよ」
「あら、そう。ばれないかもしれないなって思ってたのに」
「それは無理だよ。いつものアケミは」
「こんな意地悪な目つきも言葉遣いでもないって?」
「自覚があるんだ」
「それはそうよ。だって私はアケミが作った人格なんだから。いつものアケミができないことを私がするのよ」
「君のその性格はアケミの願望なのか」
「まぁ、それに近いかもね。アケミはどちらかというとおとなしいでしょ。それなりにやさしいし、あなたとも性格的に合っているから」
「君は普段どんな風に僕たちを見ているんだ」
不思議な出来事が目の前で起きているというのに思っていたよりも好奇心が勝り、私はひたすらアケミに質問をした。戸惑いが全くなかったわけではないにせよ、アケミのことをより知りたいと純粋に思っていた。
アケミは質問にすんなりと答えてくれた。意地悪そうには見えるが話を変にごまかしたり嘘をついている感じはしない。内側のアケミに出会ってからまだ数分だとしても「この人は嘘をつかないのではないか」と直感があった。
内側のアケミは窓から景色を覗くように私たちを見ていると言った。ただそれは常にではなくテレビで言えば電波が乱れるように、はっきりと情報が入ってこないこともあるらしいのだ。だから今まで付き合ってきた人達に対してちぐはぐなことを言ったのだという。
「よくそれで生活できていたね。他のことは支障がなかったの」
「必要な情報はきちんと得ることができてたわ。それはアケミが操作しているんだと思う。その辺の仕組みは私にはわからないのよ。はっきりとは。男に関してはあんまり知られたくなかったんだろうね。私に。でもそのせいで恋人関係がうまくいかななくなったんだから世話ないわ」
「アケミは傷ついていたのかな。やっぱり」
今までどんな振られ方をしたのかわからないけどアケミは多分切ない気持ちにはなっただろう。
「傷ついてたわね。そりゃ気持ち悪いなんて恋人から言われたら辛いものよ。それくらいは私も分かるわ。でも自分のせいでもあるじゃない。私という人格を作らなければこんなに苦労することはなかったはずよ」
そう言っているアケミ自身が辛そうだった。表情は勝気とは程遠く離れた顔だ。重たく沈みアケミの周りにある空気までくすんだ。
「どうして君は作られたの?アケミに何かひどいことが起きたの」
素人知識だが二重人格というのはとても強いストレスの末に発症すると聞いたことがある。事件や事故、災害などといった受け入れがたい現実からの圧力を割けるために自分とは違う人格を作りだして自分を守るというものだ。
聞かない方がいいのかもしれないと思ったが、ここまでアケミのことを知ってしまったのだから避けることはできない。
「ああ、別に何かの被害にあったことはないわ。安心して。犯罪にも虐待にもあったことがないの。いたって普通の幸せな家庭に育ってていたって普通の人生を送っているのよ。この子は」
そう言いながら自分を指さすアケミ。自分のことでもあるのに他人事のような言い方だ。
「でもこの子は果てがないくらい孤独だった。どうしてかははっきりとはわからない。多分、思春期ってのもあったのかな。孤独と向き合うことができなかったのよ。アケミは。だから私が出来上がったの。決定的な何かがあったわけじゃない。ただ、なんとなく出来上がった存在なのよ」
アケミが孤独だったというのは信じられなかった。明るい性格というわけでもないが特別暗い性格でもない。二重人格になるきっかけがないというのも妙な話だったが、案外そういうものなのだろうかとも思った。
自分はなんとなく出来上がった存在だと言い切るアケミの横顔は「泣かないでほしい」と言えないほどやるせないものだった。実際に泣いているわけではないが、瞳からは見えない涙があふれていた。私にはそう見えた。
圧倒的な辛さを目にすると自分の無力さというよりも「どうやればこの子を守れるか」という子供じみたことを考える。
この子を守れたら、こんな悲しい顔をさせないように自分が力を貸せたその先に彼女の笑顔があるなら、もう自分の人生はそれで半分以上満たされるのではないか。
おめでたい考えだと思うだろうけど、それでも僕はその時からアケミをどうにかして幸せにしたいと思った。
私はためらいながらも踏み込んだことを聞くことにした。声が震えたのはアケミにも伝わっただろう。
「アケミとアケミが入れ替わるのは不定期なの?」
「そう、だともいえるし違うとも言えるかな。最近は」
「それってどういうこと」
「前はアケミが私と変わりたいときに代わってたわ。いきなりなんだから私もそりゃ焦るわよね。それなりに相手に合わせなくちゃならないんだから。だけど最近になって私の意思でもこうやって表に出れるようになったのよ」
苦い顔をするアケミ。自分が好きなようにできるのだからその表情をするのは意外だった。アケミに左右されることなく自分の意思で行動できることはうれしいことのはずだと思っていた違うようだ。
「今意外だなって思ってるでしょ。自分で好きなように行動できるんだからそれの何が不自由なんだって」
鋭いにらみを聞かせるアケミ。その眼光は敵意そのものだった。思わず身を固くする。
「うん、思ったよ」
それでも正直に答える。するとアケミは「そうでしょうね。そうよね」とため息混じりに言い気の強いにらみはどこにいったのか、少しだけ下を向いた。
「確かに私の人生でもある。アケミの人生は。でもね、私は作られた人格でそれはそれはもろいのよ。どんなに臨んだって私には親もいないし、これから先にできることもない。アケミに沿う人生しか歩めないの。この虚無感があんたにわかる?」
「ごめん、わからないよ」
そう聞かれて少し間をおいてから答えた。アケミの孤独を簡単に「わかる」などと言うことは駄目だと思った。私にはアケミが感じている孤独がわからない。きっとこれから先も心から理解できることはないだろう。想像はできてもアケミが感じている百分の一も足りないはずだ。
はっきりとそう答えるとアケミは「正直なのね」と力なく笑い妙にすっきりした顔で「でも、その真面目さがアケミは好きなのよ」と言った。
その表情を見た時に私は無力だと感じた。自分は何もできないのだと。アケミによりそうことが何よりもしたいことだとしても、それはとても難しいことなのかもと思った。
「私のこと重いなって思ってるでしょ」
「そんなことないよ」
「嘘よ。もう別れたいと思っているはずよ。いいのよ。別に。別れても。アケミは傷つくかもしれないけど。でもこれは一つの答えじゃない。そうやって生きてきたわけなんだし。いいじゃない」
投げやりの言葉にすぐにでも否定をしたかったが、気持ちがすくんで言葉が出なかった。そんな自分を心底恨んだ。なんで自分はこういう時にきちんと答えをだせないのだろうと。
「そんなこと、本当にないよ」
必死でそう伝えるがそれでもアケミはこちらの方を見ていなかった。あきらめたような表情をしてただただ下を向いていた。
こうして傷ついた生きてきたのだということを目の当たりにし、どうにかしてその傷の深度を測ろうとしたけどそれはもっとアケミを知ら中れば叶わない。
面倒とは思わない。嫌いになんてならない。
「別れましょうよ」
断言するようにアケミは言う。
この時私は意外にも追い詰められたせいかすんなりと答えた。
「別れない」
その語気の違いにアケミは何かを感じ取ったのか私の方を向いてくれた。その目は驚きとともにすがるようにしがみつく瞳だった。
「君とは別れないよ。だって」
「それは自分の決まりに反するから?」
「決まりなんかじゃないよ。ただ君のことが好きだからだよ」
自分の気持ちに何の疑いもなく言う。ただ君のことが好きだ。ただただ好きだ。
「本当に?」
「君と別れるつもりなんかないよ。こんなことで。だって僕は君が好きだから」
「それ、一体どこまでもつのかしらねぇ」
その言い方は明らかに試すようなものだった。その態度に腹が立ったのではない。素直に信じてもらえないことが一番腹が立った。
信じてもらえる方法はきっと一つくらいしかない。それは日ごろから私がアケミに対してこれまで通りに接することだ。
今までと同じように何の変りもない恋人同士のように。それだけがアケミに私の気持ちを信じてもらえる唯一の方法なのだ。
「それは、約束はできない。でも、お互いにお互いへの想いがなくなった時が別れる時なんじゃないかな。普通の恋人同士みたいに」
「おかしなことをいうのね。でもいいわ。付き合いましょうか。あなたが愛想をつかすまで」
意地悪く言うアケミ。それからアケミは「ふふふ」と口元に手を当てながら笑い続けていた。
その姿はいつものアケミとはかけ離れている。それなのに私はその姿がかわいらしいと思えずにいられなかった。
それからは奇妙な関係が続いた。アケミは私に二重人格のことを知られてショックを受けているようだった。自分のあまり知られたくない部分を知られたのだ。気持ちのいいものではないことは想像できる。
「幻滅したでしょう」
内側のアケミとは打って変わっていつものアケミは肩を落として言った。その様子は足元が崩れ落ちているような絶望だった。
「幻滅というよりも驚いたかな。でもアケミを嫌いになったりしないよ。僕はできるだけアケミとこのままの関係を続けたい。アケミが嫌なら無理にとは言わないんだけど」
「それは。嫌なわけではないけど。でも傷つけてしまうのは私は嫌よ。それなら別れた方がいいもの」
「傷つかないよ。傷ついてもまた関係をやり直せばいい。たったそれだけのことだと思う。だから、僕のことは大丈夫。それよりもアケミが生活しやすようにサポートすることを考えたいな」
そういう私をアケミはきっと心の底から信頼していなかっただろう。何度か距離を置こうとしてきたが拒み続け私はアケミからなるべく離れないように、何かあればフォローできるように生活した。
しかしある日突然普段は内側にいる気が強いアケミが表に存在することが普通になった。
なんのきっかけもなくただ突然にそうなり私が初めてアケミに出会ったときのアケミは殆ど姿を現せなくなった。
いきなり表での生活が主になったアケミはいつもの冷静さを失い、ひどく戸惑っていた。
大学生が終わる時期だった。アケミは日々講義への参加や卒業論文の作成をしながらかろうじで生活していた。
もともと表立って生活できる人間ではなかったのだ。その決定権がすべて自分に回ってきたことは自由を得たというよりも、新しい苦しみを得たというものだった。
「なんでアケミは中に入ったのかしら」
二人だけの時にアケミはよくつぶやいた。その言葉をどういう風にうけとめればいいかわからず、私は「わからないけど、でも僕ができることをするよ。きちんとサポートする」と言った。
「サポートしたってどうなるかはわからないじゃない。私はもともとの人格じゃないのよ。もともといない存在なの。こんなことありえない。あってはだめよ。こんなの。私は消えるべき存在なのに」
どうしてここまで焦っているのか理解できなかった。自分ですべてを決められる生活は気楽ではないだろうか。
「あんたは能天気だからいいけど、私が消えたらこの子はきっと一人では生きていけないのよ。今まで私の支えでいきてきたんだから絶対に壊れてしまう」
「とりあえず落ち着こうよ。僕は君のそばを離れるつもりはないよ」
「そんなのまだ信用できない。だって他人は簡単に裏切るからね」
その日々の積み重ねのおかげか結局私とアケミは夫婦になっていた。付き合っている流れでそうなったからか、夫婦になるということはそれほど大きな分岐点ではなかった。
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