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「まあ、俺もお前も疲れてたし、すげぇ酔っ払ってたからな。しょうがねえよ。酒の上でのことだ。きれいに忘れようぜ」 本田が顔を拭いたティッシュをゴミ箱に捨てながら言い聞かせるように秋元の肩をぽんぽんと叩くと不意に手首を大きな手がつかんできた。 「いやです。俺は忘れたくありません。酒の上の事にもしたくありません」 真剣なまなざしが本田を射すくめた。 「……お前ホモなのか?」 うっすらと感じながらも怖くて聞けなかったことを口にした本田ににっこりと笑いかけながら 「実はそうです。最近ではゲイって言うんですよ」 秋元は耳のそばで囁くように答えた。普段のよく懐いた犬のような様子はなりを潜め狼のように野性的な匂いをさせる若い男に本田も普段の強気な態度には出られずにいた。 「どういうつもりなんだ」 ゴクリと唾を飲み込み、首筋を嫌な汗が落ちていくのを感じながらも心臓が跳ねる。 「どうって…。俺はどうしたいんでしょうね」 とぼけた返事をしながら少し下から本田の目を覗き込んだ秋元は不意につかんでいた手首を解放した。 「あの、すみません。ふざけすぎました」 視線をそらしうなだれる秋元にほんの数秒前の危険な気配はみじんも残っていない。それどころか双眸には涙を溜めてすらいる。 「ゆうべといい今といい、俺、徹夜明けで少しおかしいんです。恥ずかしいんでやっぱり全部なかったことにしてください」 顔を真っ赤にしてしょんぼりと床を見つめている様子に今度は本田の方が体の奥底からの得体の知れない衝動を感じていた。 「本当のことを言ってみろ。それでお前のことを見る目を変えたりはしないから。たぶん」 秋元の両肩を掌で包むように掴んで言えばそっと確かめるみたいに本田の顔を見つめ 「やっぱり言えません。帰ります。泊めていただいてありがとうございました。楽しかったです」 躰をひねって本田の両手を外そうとするのを力を込めて掴みなおし顔を近づけた。 「こういうことじゃないのか」 唇同士が触れ合うすれすれのところで止めてささやくと秋元の両眼が観念したように伏せられる。 本田は恋愛はそれなりにしてきた。すべての未婚の~時には既婚者であっても~男たるもの恋愛に貪欲であることを要求されるこの時代にふさわしく、出会った女たちの中に脈ありとみられる反応があれば、あらゆる手管でもって口説き落としてきた。しかし同性を口説くのは初めてである。口説く必要などなくもう堕ちているのはわかっているのだが、完全に陥落させるのにもう一押し必要なのは理解していた。なぜこの若者の想いを受け入れる気になったのかわからない。ひょっとしたら出会った時から本田の方が先に堕ちていたのかもしれない。秋元が自分にだけ懐いてくるのをひそかに悦んでいたことは紛れもない事実だ。
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