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りんご太郎
むかしむかし……ではなく、現代のお話です。
あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。毎日毎日、それといった事件もなく、平凡な日々がすぎていきました。
そんなある日。おばあさんはスーパーで、あるりんごを買いました。そのりんごは、ふつうのりんごに比べ、とても大きなりんごでした。人の頭ぐらいあったのです。その大きなりんごは、一つしかありませんでした。
りんごがとても大好きなおばあさん、こんなに大きければ、味もいいだろうと思って買ったのです。
もちろん、ふつうのりんごも買いました。
「ふつうのりんごはじいさんにあげて、大きなりんごはこっそり自分だけで食べよう」
と思ったのです。
おばあさんが買ったふつうのりんごは、少しくさっていましたが、じいさんが食べる物なんてどうでもよかったのです。
おばあさんは思わずスキップをして帰りました。頭の中は、あの大きなりんごの事でいっぱいでした。
その夜、夕食を食べた後、おじいさんは、ふつうの、少しくさったりんごを食べていました。
「オエッ、オエエッ。このりんごはひどい。スカスカしていて味に甘みがない。色もふつうのりんごに比べて茶色いし、しなびている」
ゲエゲエ言いながら、ふつうの、少しくさったりんごを仕方なく食べているおじいさんを見て、おばあさんは、おなかの中にかくした大きなりんごをなぜながら、こっそりほくそ笑みました。
その夜、おじいさんがねむった後、おばあさんはむくっとおきあがり、そーっと部屋を出ると、台所に行きました。あの大きなりんごは、おなかの中に入っています。
「ふう、やっと食べられる。じいさん、なかなかねなかったが、やっとねたようだ」
おじいさんはあれからずっと、トイレでうめいていたのです。
おばあさんは、おなかの中から大きなりんごをとり出すと、まないたの上にのせました。
おばあさんは、ふるえる手でほうちょうをとり出しました。それは、このうちで一番大きなほうちょうでした。
「キエーッ」
と心の中でさけびながら、おばあさんはほうちょうをふりあげました。
と、そのとき、
「ギャーッ」
とさけび声がしました。おばあさんは、ほうちょうをふりあげたまま、まわりをみまわしました。しかし、だれもいません。寝室も見てみましたが、おじいさんは、ただぐったりとねむっているだけです。
「きっと、そらみみだわ」
おばあさんは、そうつぶやくと、再びほうちょうをふりあげました。
と、そのとき、またもや
「ギャーッ」
とさけび声がしました。
おばあさんは、ほうちょうをふりあげたまま、まわりをみわたしましたが、やはりだれもいません。まどをあけて、外も見ましたが、だれもいません。
「おかしいわね。すぐ近くからさけび声がしたのに」
はっきりと聞こえました。そらみみではないようです。
おばあさんは、大きなりんごをジーッとみつめました。
おばあさんは、
「アッ」
と、声にならないさけび声をあげました。りんごが動いたのです。そして、くるっと向きを変えました。そこにはなんと、顔があったのです。そして、ニヤッと笑いました。
「ギャアアーッ」
おばあさんは家中にひびきわたるような悲鳴をあげると、寝室にすっとんでいきました。
「じいさん、じいさん! ちょっと、じいさん!! おきて!!」
おばあさんは、すっかりねついたおじいさんを、無理矢理ゆりおこして言いました。
「どうしたんじゃ」
「だ、台所に、ハナヒゲでにやけて、中年男のでかりんごがいるのよ」
おばあさんの話はわけがわかりません。とにかく台所に行ってみると、まないたの上に、ハナヒゲをはやし、にやけた中年の男…の顔がある大きなりんごがのっていました。
「一体、お前は何者じゃ?」
おじいさんが聞くと、その大きなりんごはこたえました。
「りんご太郎です」
「なぜ、りんごなのか?」
「実は……」
りんご太郎という名の、大きなりんごは言いました。
「私もわからないんです」
おじいさんは、いっぺんこいつのおでこをひっぱたいてやろうかと思いました。
「あんたは、おいしいのかい」
おばあさんが言いました。
「わかりません」
りんご太郎はそう言いました。
おばあさんは、りんご太郎のはじっこ部分を少し切って、食べてみました。そして、こうつぶやきました。
「とてもまずい」
おじいさんは、自分は食べなくてよかったと、むねをなでおろしました。
「なんだかなっとうがくさったような味だわ。おまけに、ヌメッとしたかんしょく…」
おじいさんは、りんご太郎に聞きました。
「何才なんだね」
「確か、56才ぐらいですね」
「生まれたころから、そのすがたなのかい」
「はい」
「いつも、何を食べているのかね」
「りんごです」
次の日。りんご太郎は、まだまないたの上にいました。
おばあさんはりんご太郎に、きのうおじいさんが食べた、くさったりんごののこりを食べさせました。
「これは、とてもおいしい」
とりんご太郎は言いました。きのう、おじいさんがまずいと言っていたのに。
おばあさんは、そのくさったりんごを少し食べてみました。しかし、おいしくありませんでした。
その日から、おばあさんはりんご太郎のために、なるべくくさったりんごを買う事にしました。りんご太郎は、いつもおいしそうに食べました。
ある朝おばあさんは、りんご太郎を見ておどろきました。りんご太郎の頭の上に、小さなりんごがついていたのです。
「まあ、プチトマトじゃなくて、プチりんごね」
「どうぞ、食べてみて下さい」
りんご太郎が言いました。
おばあさんは用心しながら、その小さなりんごを口にいれてみました。
「お、おいしい」
おばあさんは小さくさけびました。それはおばあさんが今まで食べた中で、一番おいしいりんごでした。なんとも言えない香り、なんとも言えないかんしょく、なんとも言えないおいしさ。生まれて初めての味でした。
おじいさんは、先に食べてしまえばよかったと心のそこから思いましたとさ。
めでたしめでたし
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