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カプチーノみたいな感情
わたしの青春は、高校3年に進級するとともに開幕した。
それは、とある彼と同じクラスになれたことと、その彼が実力的におとなたちに認められたことが、その年に起こったから。
「きゃー」
「金原くーん」
文武両道で、顔やスタイルも良く、おまけに人当たりの良い彼…金原隼太くんは、入学当初からの人気者だった。
彼は、野球部に所属している。ポジションは野球に詳しくないわたしにはよくわからないけれど、投手ではなく野手なのは間違いなくわかる。どうやら、1年ながらレギュラーを奪い取るのではないかという下馬評もあったらしい。
甲子園の常連とはいえない、我が校の救いの存在のとなるかも、なんていう噂もされていた。
彼がいれば導いてくれるんじゃ、という周囲の人間の勝手な憶測や期待感のせいか、プレッシャーに押し潰された彼は完全に萎縮して、打率はもちろん、守備でもエラーを重ね、レギュラーどころかベンチメンバーに選ばれることもなく、彼の高校1年目はあっけなく終了、その年の夏は地区大会止まりで終わってしまった。
"本当は野球なんて全然できないんじゃ…"
"けっきょくは顔だけかよ…"
"なんか妙に期待して損したわ"
秋の大会も散々に終わり、彼の成績に意気消沈し、そんなことを口にするひとも見かけた。
ーーーそんなにいろいろ言わなくても…
なんか、同情するなぁ…
イヤなことは耳を塞いでいても入ってくる。
わたしが、ずっとそうだったから。
何か悪いことをしたわけでもないのに、地味なだけで、ストレスの捌け口にされる。
この程度のヤツになら、何を言っても、許される。そういうレッテルが、わたしの知らないところで貼られていた。
わたしは中学時代、学校にも、家にも、どこにも居場所がなかった。
ーーー顔がよくて、性格がよければ、なにもされないと思ってたけど…
欠点があったら、そこを悪口のタネにされちゃうのね…
わたしなら、逃げ出している。
学校には行かないし、ろくな生活を送ることなく高校生を終えるだろう。
けれど、彼はちがったんだ。
彼は毎日のように明るく振る舞っていた。たまに見かける彼は、陰口に応じることはなかったようだ。
放課後の部活も熱心に取り組んでいる。わたしは彼の精神の強さに圧倒された。
でも、そんな彼の弱った部分を、見てしまった。
放課後、駅まで着いてから忘れ物をしたことに気づき、引き返す。目当てのものは教室にあり、安堵して帰ろうと思った。
そんな道中、どこかから声を殺してすすり泣いているひとが。
見るつもりはなかった。でも、見えてしまった。
ーーーどんなに明るく振る舞っても、無関心でいようと思っても、我慢の限界はあるよね…
わたしが、彼を支えられたらな…
自分の思ったことにハッとして、彼に気がつかれないようそそくさと帰る。
ーーーなにが支えられたら、よ
ああいうタイプのひとの相手は美人で、とにかく美人でなきゃ…
わたしなんて相手にすらされないよ
ーーーまぁ、黙って思うことくらいは、わたしの自由だもんね…
苦いできごとにも屈折せず、でも完全じゃない。
彼、金原くんのそんな姿を見て、わたしは恋に落ちてしまった。
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