オール昼間、日本(4)

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オール昼間、日本(4)

 光があふれた。 「ウッ」  目が潰れるっ……!  ただ単純にまぶしいというのもある。けれど、信じられないくらいに光輝く、まさに太陽の神であった。  美しさに胸が妬けそうだ。  アマテラスは、そのお姿を一目みただけでこれはもう本物のアマテラスなのだと千葉を一瞬で納得させてしまうだけの力があった。コトハやツクヨミを見る限りでは信じ切れなかったが、無言の説得力で説き伏せられていた。  それほどアマテラスは神々しい。 神そのものだったのだ。  徹夜続きだったようで、目の下にクマがしっかりついていたにも関わらず。  もしこれが全快の状態だったら、千葉は気絶していたかも知れない…… 「なんじゃなんじゃ。うるさいのう、なんじゃさっきから……」  耳がとろけそうだった。  声まで、この世のものとは思えないほど甘く上品で、気持ちが良い。千葉は膝から崩れ落ちそうだ。  ツクヨミはアマテラスに声を掛けた。 「アマテラス……心配したぞ」 「悪かったな。ついつい、夢中になってしまったわ。よくできておるのう、ネットゲームというのは」  凝った肩を回す仕草をして、アマテラスは何度かまばたきをした。するとみるみるうちに赤く充血していた瞳が綺麗になっていった。自然治癒能力、すごすぎる。うっかり心を持って行かれそうになり、千葉は目をぐっと瞑った。  「面白かったが……しかしもうネトゲはやめた。パーティを組んでいた仲間の『空飛ぶ牛』とかいうやつが、会ってくれとしつこくてな……君は美しいとかブラボーとか、見たこともないくせにチャットで口説いてくるのじゃ。もう疲れた」  その男、相手が神とも知らずに口説くとはなんて怖い物知らず……いや、間接的に関わるだけで、相手の美しさを感じ取っていたのか? それはそれとして凄い能力だ。  ツクヨミは姉の手を取り、真摯に頼んだ。 「アマテラス、おまえの仕事に復帰してほしい。この通りだよ。このままでは葦原の国は大惨事になる」 「そうか……」  瞳を薄目にして、アマテラスは空を見た。  この黄泉の国では、朝も夜も昼もないのだろう同じ景色を見た。 「わしは退屈していた。もう創世記からこのかた、ずーっと太陽を昇らせたり沈ませたりしていたからのー。たまにはさぼりたくもなるだろう。でも、わしのほかにこの仕事できるヤツ、ぜんぜんいないし……いつになったら後継者が引き継いでくれるんじゃ。はあ。もう引退したいのじゃ……」 「ひいいい、申し訳ありませんんんん」  コトハは涙目で平謝りしているが、アマテラスは気のない目で見返す。 「誰だ君は」  存在を識別されていなかったようだ。それほど、候補の修行者は大勢いるらしい。 「仕方ないのう……葦原の国に戻るか」  太陽の神は、黄泉の国にいてさえも、自ら恒星のごとく光輝いているようだ。背中から、歩く度に草原が黄金色に輝いた。彼女の足跡が奇跡のように小麦色になっていく。  呆然とする。 「さあ、ゆくぞ。わたしの助けがなければ、君たちは誰も葦原の国に戻れないぞ。無謀ながらここまでやってきた、その心意気だけは認めてやろう」  アマテラスは、因幡の素兎を抱きかかえると、その頭をそっと撫でた。素兎が鳴くと、アマテラスが微笑む。イナバも懐いている……さすがと言うしか無い。 「あ、あの、ぼくのラジオ、放送が今夜なんで、ぜひ聞いてください」 「なんだ坊や、さっきの話なら聞いておったわ」 「本当ですか……?」  今さらながら恥ずかしくなってきて、千葉は頬がかっと熱くなった。  アマテラスはたっぷりとした袖の中から、扇を取りだした。  これで舞えば太陽が沈むという、あのアイテムだろう。  コトハが目をきらきらさせる。本物は初めて見たらしい。 「坊や。あまり喋ることを前もって作りすぎないほうがいいぞ。らじおというのは、即興性が大事なんじゃろう。おそらくだがな。いま、どこかでだれかが喋っている、知り合いでもなんでも無くても、そこに誰かが居て声を届ける、遠く離れていても、同じ時間を過ごして、共有する……それが大事なんじゃよ……たぶんな」  千葉はぜひとも、アマテラスが舞うところを目にしたかったが、それは叶わなかった。人間が目撃してはいけないという。  あまりの鮮烈な美しさに心を奪われ、二度と現実に戻ってこられないそうだ。現実の景色が、なにもかもすすけて見えるのだという。  目をつむっている間、千葉は光に心を奪われないように耐えて、こう質問した。 「あー、ところでいっこ疑問なんすけど、太陽を昇らせたり沈めたりしてるのがアマテラス様お一人なら、ツクヨミさんっていうのは何をしてらっしゃる方なんで……?」 「はぁ? 決まっているだろ。月に祈りを捧げてるんだよ……」    千葉は、一足先にラジオ局に戻り、ディレクターに頼み込んで、ほかの生放送番組の見学をさせてもらうことにした。    ***** 「……それではここで一曲お聞き下さい。今週の推薦曲。SEKAI NO HAJIMARIで、『ボーイミーツナイト』」  曲紹介を噛まずにやり終えると、ギターソロのイントロダクション。ちまたではやりの歌がラジオブースに流れこんでくる。  放送局がイチオシの音楽を流している間、千葉は珈琲を飲んで、心臓を落ち着けていた。  すると、番組ディレクターが半笑いで一枚のプリント用紙を渡してきた。  こんなメールが来たんですけど、紹介できませんねえと言いながら。  千葉は素早く目を通した。  千葉、きょうはありがとうございました。ご助力、感謝します。 さてスマートフォンでも、らじおとやらが聞こえるとのことで、今こうしてアマテラス様と聞いています。声だけとはいえ、全国ネットで喋っているなんて、あなたって実は芸能人だったのですね。おみそれしました。ドラマにでたら必ず知らせてくださいね。神々みんなで見ますからね。  アマテラス様もこの番組を毎週聴きたいとおっしゃっていますので、今すぐレギュラー番組にしてください。絶対ですよ。ぜったい。  あともうひとつ御礼を言い忘れておりました。おごってくれたパンケーキとってもおいしかったです。人間の生み出す食べ物は、どれもこれも趣向を凝らしていて、食べる人に喜んで貰おうという気持ちが感じられます。  神は人間を作ってほんとうによかったと思っています。  これからも、らじお、がんばってくださいね。  ラジオネーム 言葉の神コトハ  住所 タカマガハラ  年齢 忘れました  性別 神に性別はありませんが人間に例えると女  目がチカチカする。活字が踊るように見えた。活字が歌い、まわり、少女の着物の柄がまぶたの裏に浮かぶ。  言葉の神だって? コトハが……?  あれで?  言葉の神、だいじょうぶかよ。  千葉は不安にかられた。現代の日本の言葉を、如実に反映しているのかもしれないからだ。  だいたい、生放送の放送権は一回だけだ。レギュラーなんて今すぐは無理だろう。  それに、こんなメール読めねえってーの!  律儀に住所も書いてきてくれていたが、採用されたときの記念品が送れるはずもない。  ほくそえむと、千葉はそのメールが書かれたプリント用紙を脇に放った。 「さて、今夜は生放送だというのにあまり人が聞いていないからか、ほとんどメールが届かないわけですが……」  ラジオはもう、ただ死を待つだけの廃れた文化なのか? いや、違う。  きっと。  違うだろう。  千葉はマイクを見つめて、その奥にある窓にうつるビルの灯のひとつひとつを見つめた。赤坂の大都市が見える。あこがれの東京がすぐそばにある。どんなに科学や技術が進歩しても、心は後退することがないように。  彼は脳を尽くして心を砕き、しゃべった。 「ぼくが今日、昼間に体験したトンデモびっくり話をしましょう」  その話は、ひとつの小さな神社からはじまる。
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