その時間《とき》まで

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 彼の誠実な人柄を感じて、ちょっと温かい気持ちになった。からかわれたかもしれないとわかっても、怒るわけでもなく彼は笑った。彼の、器の大きさも感じた。 「それにしてもそんな接客テクニック、若くて魅力的なナナちゃんだからできるのでしょうね。私みたいなオバサンには、とてもとても」 「そうでしょうか?」 「えっ!?」  私の言葉を遮るように放たれた彼の言葉。その真剣な声音に、私は息を呑んだ。 「人の魅力は、若さだけではないはずです。積み重ねた経験や考え方が、その人に奥行を与え、それが魅力の一つになります」 「そう、でしょうか」  真摯な眼差しを彼に向けられ、戸惑いながら、そう返すのがやっとだった。 「自分は、そう思います」  彼は大きく頷いた。  なぜか、身体が急に熱をもった。身体の芯から熱い塊が、ゆるゆると溢れ出てくるようだ。 「よかったら、これから飲みに行きませんか?」  気が付けば、彼と見つめあっていた。 「っ!!でも、最終が……」  射ぬくような彼の視線から、瞳を逸らせない。頷いてしまいそうなギリギリで、なんとか言葉を絞り出した。 「そうですね。最終列車を逃したら、家に帰れませんね」  フッと彼が笑って、ピンと張りつめていた空気が緩んだ。ハッと小さく息を吐いて、私も微笑んだ。 「はい。最終列車を逃したら、家に帰れませんよ」  さっきまでのあの緊張感は、なんだったのだろう。気になりながらも、これ以上は深く考えない方がいいとも感じる。
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