その日から

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 少しの間、それぞれが感じた『トノさん』について語り合った。またトノさんに会いに行く事を約束して、解散となった。  みんなは家族に連絡をして、迎えに来てもらう。私は一人で、駅へと向かった。  歩きながら、先程のバーでの事を思い浮かべる。すると、自然に笑みが溢れてきた。 「中野さん、可愛かった。フフッ」  私達が、今まで見た事のない表情をしていた中野さん。しゃきしゃきと行動し、はっきりとものを言う中野さんが、少しだけ頬を赤く染めて恥ずかしそうに話す姿は、本当に可愛かった。  『恋』をしているのだと思った。中野さんはトノさんに、恋をしていると……  でもそれに、艶っぽい色は感じなかった。少女の初恋のような純粋な想いとか、相手の全てを受け入れる母性のような愛情とか、そういうものを感じた。  それはきっと、アラフォーグループみんなも同じだ。だから中野さんとトノさんを、みんな温かく見守る事ができた。  その想いは、中野さんの毎日に彩りを添えるのだろう。わかっていても、寂しくなったり虚しくなってしまう事もある日常を、優しく柔らかくしてくれるのだろう。  ふと、動かしていた足が止まった。  私にとって、彼への想いはどうだろう?  「会いたい」という想いだけ募っているが、私は彼と、どうしたいのだろう……  私は無理やり、右足を前に出した。一歩一歩を、いつもより大きく前に踏み出す。立ち止まっていた時間は、僅かなはずだ。  ヤメ、ヤメ!!こんな事を考えても、無意味だ。彼の存在さえも、曖昧なのに。中野さんと私では、全然違うのだ。  いつもよりも大股で歩いたせいか、駅に着いた時には息があがっていた。歩調を緩め、呼吸を整えるように深呼吸する。
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