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強い風に押されて色鉛筆が一本地面へと転がり落ち、しずくははっとして顔を上げた。
気が付けば辺りは夕日に染まっていて、公園へ来てからかなりの時間が経ってしまった事に気付く。
──今、何時…?
宗一郎が既に帰宅しているかもしれない。
しずくは慌てて鞄からスマートフォンを取り出して時間を確認した。
「17時…」
相変わらずの自分に呆れて溜息をつこうとしたところで、手に持ったスマートフォンが震えて着信を告げる。
画面に表示された名前は宗一郎のもので、しずくは慌てて電話に出た。
「はい」
『しずく?』
やはり入れ違いで帰ってきてしまったのかもしれない。
居ない事に気が付いて電話を掛けてくれたのだろうか──。
「もう終わったんですか?」
『あぁ、…』
尋ねれば歯切れの悪い返事が帰って来て、しずくは首を傾げた。
「何か、ありましたか…?」
『…すまない、この後少し出版社の会合に顔を出さなければいけなくなった』
「…ぇ…?」
心から申し訳無さそうな声で言われた言葉をすぐに飲み込めず、固まってしまう。
──約束、したのに…。
『本当にすまない…』
「ぁ、…いえ、気にしないで下さい!」
一瞬過ぎった暗い気持ちに蓋をして、しずくは努めて明るく宗一郎の背中を押す。
「頑張って下さいね!」
『…なるべく早く帰る』
「はい、待ってます」
『しずく、…また後で』
心配そうな響きを残して宗一郎は電話を切った。
「……」
暗くなった画面を見つめて、今度こそ溜息をつく。
どうやら宗一郎のオムライスはお預けみたいだ。
しずくは塞いでしまいそうになる胸を見ないふりして、落ちた色鉛筆を手に取った。
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