帰省の夏

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「お前の家なんだから、何も気にすることはないんだ。辛かったらいつでも帰ってきなさい」 父は優しい声音で、私に言った。 「……そんなこと言ったって、お父さんだってお母さんと喧嘩ばっかりしてたら家にいられくなっちゃうんじゃない」  少しだけ泣きそうになった私は、慌てて拗ねたような口調で父を非難する。 「そうだな……それは困るな」  父はそう言って、微かに笑い声をあげた。  そうこう話しているうちに、実家に着いてしまう。庭の花に水を撒いている母の姿が目に留まり、少し離れた位置に車を止める。  私が車から降りると、母がジョウロを片手に少し怒った顔でこちらに近づいてきた。 「お帰りなさい。一人で帰ってきてって言ったのに」  助手席で肩を竦める父に視線を向けて、母は盛大な溜息を吐いた。 「もういい加減、良い歳なんだからくだらないことで喧嘩しないでよ」 「……いいわ。私が送っていくからあんたは家に上がってて頂戴」  そう言って私にジョウロを押し付け、母は車の鍵を渡すように告げる。機嫌の悪い母に逆らうわけにもいかず鍵を渡すと、母は受け取るなり運転席に乗り込んだ。  父は降りないのだろうかと訝しく思っているうちに、車が走り出してしまう。  その姿を見送った後、久々の実家の懐かしい匂いがする家に上がり込む。居間に入るなり目に飛び込んできたのは仏壇だった。  供えられている仏花と水羊羹。線香の白い煙が、上へ上へと揺蕩っている。  ふと飾られていた写真に目を向ける。  さっき隣にいたはずの父の姿が白黒写真の中で、微かな笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
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