嘘つきのパラドクス

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 これはある古い友人の話だ。もっとも、古い友人と言っても、彼とはもう何年も連絡を取っていないし、今となっては生きているのか死んでいるのかさえ分からない。彼と私は昔、よく話をする時期があった。ただそういう関係だ。とにかく、彼はおかしな奴だった。  ある日私たちはテーブルに向かい合って座っていた。 「何か面白い話をしてくれ。」 そう私が無茶な要求をすると、友人は間髪(かんはつ)入れずに口を開いた。 「ちょうどいい話があるよ。僕は嘘つきのパラドクスという話が大好きでね。知っているかい?」 「よく知らないな。有名なのかい。」 私が(かぶり)を振ると、彼は背もたれに体重をかけて、何の問題もないというように両手を広げて見せた。 「ああ。結構有名な話だよ。でも、僕が好きなのはその内容の事ではないんだ。まあ、内容自体も面白いから説明してあげよう。」  わざとらしくそう言うと、彼は身を乗り出した。つられて私も、テーブルに立てた(ひじ)に体重をかけた。 「ある男がある数学者に 『私は嘘つきだ。』 と言った。すると、その数学者は頭を抱えたんだ。 『彼が正直者なのか嘘つきなのか、私には分からない。』 と言ってね。」 片眉(かたまゆ)を上げた私の顔を見て、彼は満足そうな顔をした。 「その数学者いわく、男が嘘つきならば彼の『私は嘘つきだ』という発言も嘘になる。すると、『私は正直者だ』というのが正しいという事になってしまう。反対に、彼が正直者だとすると、『私は嘘つきだ』というのは本当の事という事になり、こちらも矛盾してしまう。彼が嘘つきだとしても正直者だとしても矛盾してしまうから、自分には判断ができないと言うのさ。」 期待のまなざしを向ける彼に対して、私は素直に反応した。 「確かに面白いね。でも…」 ここまでで私は口をつぐまねばならなかった。こちらに向けられた彼の右の(てのひら)に遮られたからだ。
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