0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
これはある古い友人の話だ。もっとも、古い友人と言っても、彼とはもう何年も連絡を取っていないし、今となっては生きているのか死んでいるのかさえ分からない。彼と私は昔、よく話をする時期があった。ただそういう関係だ。とにかく、彼はおかしな奴だった。
ある日私たちはテーブルに向かい合って座っていた。
「何か面白い話をしてくれ。」
そう私が無茶な要求をすると、友人は間髪入れずに口を開いた。
「ちょうどいい話があるよ。僕は嘘つきのパラドクスという話が大好きでね。知っているかい?」
「よく知らないな。有名なのかい。」
私が頭を振ると、彼は背もたれに体重をかけて、何の問題もないというように両手を広げて見せた。
「ああ。結構有名な話だよ。でも、僕が好きなのはその内容の事ではないんだ。まあ、内容自体も面白いから説明してあげよう。」
わざとらしくそう言うと、彼は身を乗り出した。つられて私も、テーブルに立てた肘に体重をかけた。
「ある男がある数学者に
『私は嘘つきだ。』
と言った。すると、その数学者は頭を抱えたんだ。
『彼が正直者なのか嘘つきなのか、私には分からない。』
と言ってね。」
片眉を上げた私の顔を見て、彼は満足そうな顔をした。
「その数学者いわく、男が嘘つきならば彼の『私は嘘つきだ』という発言も嘘になる。すると、『私は正直者だ』というのが正しいという事になってしまう。反対に、彼が正直者だとすると、『私は嘘つきだ』というのは本当の事という事になり、こちらも矛盾してしまう。彼が嘘つきだとしても正直者だとしても矛盾してしまうから、自分には判断ができないと言うのさ。」
期待のまなざしを向ける彼に対して、私は素直に反応した。
「確かに面白いね。でも…」
ここまでで私は口をつぐまねばならなかった。こちらに向けられた彼の右の掌に遮られたからだ。
最初のコメントを投稿しよう!