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 3分ほど経てガムテープをはがされたリオの顔は、蒼白に染まり、生気と呼べるものが抜け落ちていた。日絵は自分の鞄の中から、ラップに包まれたいびつな形の『おにぎり』を取り出すなり、そいつに手渡す。 「これ、あの時のお弁当。もったいないからおかずも拾って、具にしたの。友達なら、食べてくれるよね」 「いたらきまーす!」  一度はトイレの汚いタイルにバラまかれたはずの、雑菌まみれのゴミを、リオはなんと喜んで口に運ぶ。 「おいし?」 「はひ、おいひいれす!」  平坦な調子で返すリオに微笑みかけ、洗脳の成功を確認した日絵は、ザラトストラの説明を、思い出す。  彼曰く、エイダスに寄生されても自我を保つ人間をソピストと呼び、恩恵として特殊能力が授けられる。そのうち一つに、『ある特定の条件で他者の心を掌握する』というものがあった。対象人物は思考停止し、エイダスの食糧たる精神エネルギーを供給するための家畜と化す。下僕の数が増えてゆくごとに貯蔵できるエネルギーの総量は増え、能力の幅も拡がるらしく、彼女は日に日にそれを試したい衝動を高めていった。 《二日でひとクラス+αとは。  なかなか良いペースではないか》  先端に目玉をもつ(くだ)が、日絵の額から生える。  それはたちまち膨張して形を変えてゆき、イラスト調にデフォルメされた、手のひらサイズの(カニ)と化す。 「ザラト? 勝手に出て来ないでよね」  日絵が不快感も露に吐き捨てると、 《くふははは~!  もっと支配圏を広げろォ。No.10(テン)……クソシスターに動きがないのは、気になるところだがな、今のうちに力をつけて損はあるまい。来るべき『ロギゲーム』のために、ザコのままでいてもらっては、困るのだよ》  漫画チックな蟹は下品な笑い声をあげる。 「ナンバー? ロギゲ? なんの話よ?  また聞いた事ない用語が出てるんだけど」 《ロギゲームだ! よいか、地球支配があんまりにも順調に運びすぎたので我らの王は退屈しておいでだ。そこで王はヒトの『戦争』なる行為に関心を持たれ、各国の人工過密都市に、臣下を派遣した。我らと共存しうるヒトと融合し、合い戦わせよとな。この街には今、貴様を含めた13人のソピストと、我輩を含めた13体のエイダスが存在している。貴様らヒトなんてもんは、我々にとってゲームの駒に過ぎんのだよ!》  テンション高く一気にまくし立てて、まん丸い目玉ガニはちょっと汗をかき、宿主の顔色をチラと(うかが)う。 《どっどうだこの事実! 恐怖したか戦慄したか! ルールは単純。各々の侵略の力を使い、最後の一人になるまで互いの命と精神を奪い合う陣取り合戦だァ。言っとくけどな、今さら棄権は受け付けんぞォ~?》 「ふーん? ごめん、キョーミないわ」  日絵は、淡白な政治ニュースのチャンネルを変える時のように一蹴するなり、自分の席まで歩いていく。 《な、な……なにィ~ッ!》  タイミングよく予鈴が鳴り、担任教師が入室する。  リオをはじめ、洗脳済みの女生徒達は唐突に感情の色を取り戻して、友人と笑い合いながら各々の席へと向かう。三蔵は教師に見つかる前に出ていき、代わり映えのない平凡な日常の空気が、教室に立ち込める。 《貴様らヒトの、種にとっての大問題だぞ!  もっとなんかこう、なんかないのかっ!》  ザラトストラは制服の襟裏に引っ込んでもなお取り乱しており、何事かをヒソヒソ声で訴え続けてくる。 《そうだ。勝者には報酬も出るぞ。  これを聞けば貴様とて無視できまい》 「残念だけど、私の夢はもう叶ったの」  同じく小声で答える日絵の瞳には、どす黒い愉悦の炎が揺らめいており、煌々としたギラつきがあった。  世界のしくみは単純だ。  侵略する者、される者。そして私は前者となった。  人類やエイダスの問題なんぞ別にどうだっていい。勝手にやってろ。私は、誰にも脅かされない私だけの世界を築き上げる。邪魔する奴は、一匹残らず潰して焼いて食ってやる。来るなら来い、来るなら、死ね。  私はここだ。古鳥 日絵は、ここにいる。 《ふんっ。せいぜい小さな優越感に浸っておれ》  すねないでよ、ザラト。  あと、人が考えてる時に、割り込まないでくれる? 《うるさいわい。  知らぬわーい。ほっといてくださいますー?》  案外、メンドくさい奴なのね……あ、そう言えば、あのクソシスターが10番なら私は何番になるわけ? 《はん? キョーミないのではなかったのか?》  参加するつもりはないけど、ちょっと気になって。 《貴様はな、この国で見つかった最後のソピストだ。我輩レベルの上流階級出身者ともなれば宿主選びにも相応の時間を要するのでな、決して他の貴族に遅れをとったりしたわけではない。故に貴様は、13番だ》  No.13(サーティン)、不吉の数か。  ふぅん、気に入ったわ。  担任が教卓に立ち、日直は号令をかける。  きりぃつ、  れい。  一個の異物が潜むクラスで、HR(ホームルーム)は、始まった。  No.10 & No.13 entry!
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