2nd.contact→incident

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 まもなく予鈴が鳴ろうという時間になって、変人で有名な(わたり) 石郎(ごくろう)生物教師がフラリ訪れ、教室を覗く。 「ねェ誰か来てくんない?  標本運ぶのに手が足りないんだけど」  不運にも目が合ってしまい、メルは顔をしかめる。 「メルきゅんでいいわ、頼まれて」 「ちょっ、なんで自分なんすか? つーか、わざわざ女子を連れ出さんでも、男手は余ってるでしょーが」  もっともな抗議に、定理も特有の言語で乗っかる。 「ま、招かれざる子羊のホームルーム始まっちゃう」 「あいりん先生にはあとで言っとくからさぁ。それにぼく知ってんのよぉメルきゅん。キミ校内腕力番付で連続1位のディフィンディングチャンピオンじゃん。ぶっちゃけ、そのへんの男よりもマッシブじゃん?」 「確かにちょっとは鍛えてますけど……ん?  あっセンセ、それって微妙にセクハラ!」 「んじゃよろしく、準備室来いな」  好き勝手を言うだけ言い、渡はさっさと出ていく。常日頃から奇行の目立つ人物だが、今日は2日酔いにでも苦しんでいるのか顔面蒼白で、妙にぎくしゃくともつれる足の運びもまた、怪しさを際立たせていた。 「しゃーね。行ってくるっす。  エセ京女に気を許さないでよね、ご主人クン」 「次会う頃にはもっと親密になってますさかい」 「垂れるまで言ってろ、おっぱいオバケ!」  明日香に悪態を投げ、メルは廊下に出る。 「てつだう。ま、まって……」  か細い手足を羽ばたかせ、定理がついていく。  引き戸の向こうに消える寸前、はたと立ち止まる。振り返り、ちょこっとだけ指先を覗かせた袖を振る。  その挨拶は、素数ひとりに対するものだ。  2名の姿が見えなくなり、しばらく経過。  可はあくまでさりげなく、悪友に問いかける。 「あのさ素数、結局あれからどうしたの?」 「なにが?」 「告白されたでしょ、定理に。  まさか、まだ応えてないとか言わないよね?」 「は? おまっ、なんで知ってんだよ!?」  はい、ビンゴ。わかりやすく取り乱す相手の反応に思わずニヤリと口角を上げ、心でサムズアップする。 「僕は、状況証拠に基づく仮説を立てただけだよ?」 「あ~カマかけたな! オメー、ペテン師野郎~!」  その場で見事なチョークスリーパーを決められて、真っ青になりながらも可のニヤニヤはおさまらない。 「で? 付き合ってんの? 付き合ってんの?」 「うるせぇ~くそぉ~ムカつくなぁ~っ!」  男のジャレ合いは、予鈴を合図にお開きとなった。 「あーい皆さん可及的速やかに席について。  ホームルーム、はじめちゃいますよーう」  担任の斑目(まだらめ) 愛梨(あいり)数学教師がスリッパをパタパタと鳴らして、スッ転びそうな危うい足取りで入室する。あいりんは今日もドジっ子かまして、上履きを忘れたらしい。案の定、含み笑いを漏らす生徒が続出する。 「先生まだ面白いこといってないよー?  えっなんでー? なんで笑うのー?」  ひとしきり子供っぽく慌ててから、教育者の威厳を保とうとしてか、あいりんはムッとして咳払いする。 「みんな! 今日は転校生が来てるんだよ!  先生を愚弄するといつまでも紹介しないよ!」 「それだと転校生の人が困ると思いまーす」  野球部一年エースの三蔵が、自慢の強肩ですかさず投げ込んだツッコミによって、クラスの全員が沸く。 「そだよね! えーっとじゃあもう……  すぐ呼んじゃうね! 入ってきてぇー!」  愛梨は、すんなり納得する。  そして、ひとりの少女を迎え入れた。  右側頭部で結わえた美しい黒髪のひと房が、優雅でいて無駄のない毅然とした歩みに合わせ、揺れ踊る。物憂げに伏す瞼の隙間から覗く瞳は、凛とした意志ともう一種、抜き身にも似た氷の冷たさを宿して輝く。  墨のような黒では実現できない、カラスの濡れ羽と表現するに相応しい艶をもつ髪に、白基調のセーラーワンピースが対比の効果でよく映えた。官僚コースとして実績を残す、名声学園高校指定の制服とわかる。  10秒ばかり遅れて気づいたらしい素数が、唸る。 「デキル、おい、さっき話した美少女だぞ」  廊下寄りの席から小声で語りかけられ、窓際に座る可は、改めて少女の姿をここぞとばかりに観察した。 「モデルレベルね、うん、確かにすごいおっぱいだ」  彼の純粋なスケベ心を感じとってか、少女は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、よく通る涼やかな声で名乗る。 「九郎原(くろうばる) 真姫亜(まきあ)と申します。  よしなにお願い申し上げます」  巻き起こる拍手の中、突然の声が弾けた。 《デキル!》  頭の中の友達が、少年だけに届ける声は、 《敵です(・・・)!》  これまで聞いたこともない緊迫の叫びだった。
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