2nd.contact→incident

5/10
前へ
/75ページ
次へ
 ※    ※    ※ 「世迷い言を。気でもふれましたか?」  真姫亜が放つ軽蔑の眼差しに突き刺されながらも、(できる)は、そよ風の中で微睡(まどろ)むみたいな笑みを崩さない。 「『血のフラワープ記念日』って知ってる?  あの頃から僕は急にオヤジに似てきたらしくてね。どうやら、いちばんありがたくない(・・・・・・・)部類の才能を受け継いじゃってたみたいなんだ。要するに根性ひねくれ曲がってる、最低のド畜生ってやつの素質らしいよ」  話の内容とは不釣り合いな明るい口調で語りつつ、血の海の底から、仲間達との記憶を拾い集めてゆく。 「でもね、友達は僕と違ってみんなイイヤツだった。なんていうのか、生きる価値のある人間だったんだ。素数は僕をエロスの世界へと導いてくれた師匠だし、明日香さんなんか、さいきん僕が京女ものとヤンデレものにハマってるって聞いてから、わざわざマンガで勉強してまでそれっぽいキャラ作ってきてくれたし」  彼の爪先が不意に教卓を向くと、周囲の武装集団は統制のとれた動きで道を塞ぎ、機関銃を突きつける。 「どうりで聞き覚えあると思った、九郎原って確か、昔からある由緒正しき『右』の政党の元締めだよね。そのお嬢さんであるところのキミが、どういうわけかソピストなんかに選ばれて、無実の市民を大量虐殺。くだらないゲームで、しかも僕ごときに勝つために、そこまでする必要があったのかな……教えてくれよ」 「無実と、おっしゃいますか」  呟きを境に、真姫亜の声のトーンが跳ね上がった。 「いいえ、有罪です!  ここの学生は皆、侵略者に屈服した敗北主義者! 偽りの平和に酔いしれ、思考停止した豚どもです!」 「びっくりしたなもぉ。急に大声出さないでよ」 「あなたはこの戦争についてどうお考えです?」 「戦争?」  飛躍した論点に、首を傾げる可。 「今なお続く、エイダスとの戦争です。あの売国奴の息子であるところのあなたにしてみれば、遠い過去の出来事でしょうが私は違う。弱さが、人を腐らせる。牙を折られた家畜など、死んで肥やしになればいい。自由のために戦う意思を持った強者だけが、誇り高き霊長として弱者を導く指導者たるべきなのですよ!」  身ぶり手振りを交えての、力説。  クールな美少女の仮面が、全身を縁取り始めた鬼気迫る情念の熱によって溶かされ、剥がれ落ちてゆく。 「エイダス王が始めた、ロギゲームこそ躍進の好機。私はどんな手段を使ってでも、勝ち残ってみせます。そして王と対面し、討つ。そう……余興のためと敵に自らの武器を与えた事が、最大の敗因となるのです」  怒りとも悲しみともつかない複雑な面持ちとなり、見守る可だが、実際は欠伸(あくび)を噛み殺しているだけだ。 「私は統制者となって、世界を再変革する!  エイダスを社会システムに取り込んで、誰もが道を(あやま)たない高潔な精神を共有する、理想国家を築く!」  いよいよ真姫亜は興奮の臨界点まで達したと見え、ようやく語り終える頃には、恍惚の吐息さえ漏らす。 「なるほどおつかれ。感動したよ」  そう言って頷き続ける可の反応に気を良くしてか、 「わかってくださいましたか」  真姫亜の目の色が、ぱっと輝く。 「うん、キミは頭がイカれてるってね」  可は爽やかな口調で吐き捨てるやいなや、学生服の胸ポケットから、リボンのついた小ビンを取り出す。その中につまっていた、カラフルな金平糖(こんぺいとう)を2~3粒ほど掴み取り、頭上の何もない空間へと放り投げる。  するとすぐ、彼の耳穴から1本の触手が飛び出す。そいつは口に似た器官を使い、砂糖菓子を吸い込む。 《う~♪ あまいです~。  あまいの(・・・・)は、うまいです~》  舌足らずな少女の声色で喜ぶ触手は、 「いくよ、コギュー」  少年の呼び掛けに応じて、鋭く尖る。  触手の槍が螺旋を描き、飛んでゆく。  射線上で構えている真姫亜が、叫ぶ。 「来なさい、『チューザ』!」  セーラーワンピースの背中をビリビリと引き裂き、見上げるほど巨大で雄々しい肉の柱が、そそり立つ。ビクビクと脈動する真っ白い表面に、(ぬめ)り気を帯びた奇妙な塊は枝分かれして、いびつな人型を形成した。  ダイオウホウズキイカの外套膜(がいとうまく)を思わせる、二等辺三角の頭に、まん丸い目玉と分厚いくちばし(・・・・)が光る。西洋甲冑にも似て厳つく重厚な外皮で武装する、筋骨隆々の体幹から、いくつもの鉤爪(かぎづめ)を生やす野太い腕が伸びていた。異形の騎士が唸り、これをひと振りすると、可の触手はいとも容易く輪切りにされてしまう。  これこそ、本来なら実体のない思念存在(エイダス)が、宿主のパーツを己が血肉へと再編成して、具現化した姿だ。
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

87人が本棚に入れています
本棚に追加