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《これはお久しき麗しのコギュット嬢!
そなたの腕は斯様に貧弱で御座ったか!》
九郎原 真姫亜の内側から出現したイカの異丈夫・チューザは、くちばしを打ち合わせて、豪快に笑う。
《こっちは会いたくなかったですよ猪武者!
栄養が足りなくてワタクシも困ってるんです!》
《兵糧を欠いて某に手向かおうとは笑止! 喝!》
気合いと共に再び、腕を振るう。
皮膚上にひしめいていた鉤爪が、一斉に分離して、誘導弾めいた挙動で教室内をところ狭しと乱舞する。可は急きょ、手の甲に生成した巻き貝型の盾で全弾を弾き飛ばすも、鉤爪ミサイル群は抜けたそばから再生して襲い来るのでキリがなく、せっかくの盾も早々に耐久力の限界を迎えてボロボロと砕け散ってしまう。
仕方なしと、短く残った触手をムチのように使い、辛くもいなしながら、少年は異形騎士に語りかけた。
「チューザくん、キミの宿主さんはエイダスの王様を倒すつもりみたいだけど、承知しての事なのかい?」
「無駄ですよ。彼はわかってくれています」
《左様左様!
某はマキア殿の大願に共鳴し、忠誠を捧げし身! 麗人に尽くす事こそ武人の誉れ、騎士の本懐也ィ!》
両者には、種族の垣根を越えた友情があるらしい。まったく泣かせる美しい話だね、と可は舌打ちする。
《そなたも男子なら、潔く軍門に下れい!》
チューザが、宿主と繋がる胴体を伸ばす。
標的との距離を詰め、薙刀のような右腕を最上段に振りかぶると、コギューの触手めがけて叩き降ろす。
力量が違いすぎる鍔競り合いへと持ち込まれては、さしもの可も余裕を失い、ここでついに笑顔を崩す。超重量級の一撃を受け止めた触手を通じて、凄まじい圧力が容赦なくのしかかって、足裏が床にめり込む。
「大人しく私のモノになりなさい、羽根 可!」
サディスティックな愉悦をみなぎらせる真姫亜の、常軌を逸した執念の迸りに打たれながら、可は思う。
付き合ってられるかよ。
「キミはマジにイカれてるね。
それだけに迷いがなくて強い。認めるよ」
「それで良いのです、抵抗など無意味と知りなさい」
「焦っちゃ駄目だよ欲しがりさん。確かに力じゃ完敗だけど、キミに勝っているものが僕にもひとつある」
少年の口元に、微笑みがよみがえる。
「経験の差ってやつだよ。
頭の中の友達と、長いこと付き合ってるとね」
九郎原 真姫亜は、直後に思い知る。
いま相対している軟弱な男が、昨日今日ソピストになった新参者ではなく、紛れもない2番目なのだと。
「こんな応用も、できるのさ」
《うおっ!》
チューザは呻き、大きくバランスを崩す。
つい先ほどまで腕の下に敷き、床に押し付けていた人間が、唐突に跡形なく消え去ってしまったからだ。
《何事で御座る? マキア殿》
真姫亜は状況が掴めない。彼女もまた、白昼夢から目覚めたばかりのような浮遊感に苛まれていたのだ。
「ロジック……『方法的懐疑』」
可の声が響くも、姿はどこにもない。
「私に何をしたのです! 羽根 可!」
「認識の侵略。キミは僕の言葉で踊った。こいつには本当に恐怖がないのか、勝てる算段があるからこその余裕なのか? そう思った時点でもうこっちの術中、思考の落とし穴ってやつに見事ハマってくれたんだ」
真姫亜の背筋に悪寒が走る。
大切な何かを奪われたような感覚がある。
「参考までに言っとくと、僕の侵略条件は『疑念』。人っていうのはいったん物事を疑いだすと、どんどん深みにハマって本質が見えなくなるよね。だから今のキミには、僕を見つけられない……簡単な理屈だろ」
胸の先が上着に擦れて、気持ち悪い。
違和感の正体に気付いた途端、赤面して肩を抱く。
身に付けていたはずのブラがなくなっていた。
「ちなみに僕が触ったものにも効果が移るみたいだ」
「あ、やめ……やめて、やめてください……」
何をされているか、わかってしまう。
初体験の精神的凌辱に、涙が溢れる。
「ん、肩紐の幅は20センチ以上でホック3つ。上げ底じゃないよね、トップとアンダーの差はおそらく」
「おねがいやめてええええええええ~っ!」
足の力が抜け、真姫亜はへたり込む。
「そういう顔もできるなら、もっとするべきだ。
じゃあ僕もう行くね、二度と会わない事を祈るよ」
可の声は消え去り、教室に静寂が降りた。
ソピストの精神バランスが著しく変動した影響で、九郎原家の私兵達に施されていた洗脳が、ほころぶ。
「う……! なんだ、血が……!
死体? お嬢様、この状況は?」
元より、忠実な部下である。虐殺の躊躇いをなくす目的で、一時的に、支配下に置いていたにすぎない。
真姫亜は微動だにせず、放心するばかり。年相応の少女らしい主人の姿を初めて見た部下達は、戸惑って立ち尽くす。そして彼らは気付かない、物言わず倒れ伏す犠牲者の山の底で、蠢く影が存在している事に。
その数、2つ。
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