2nd.contact→incident

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 ※    ※    ※ 『こちら文明高校放送室です。  落ち着いて聞いてください。猟銃のような物を持つ不審者が三階、1年B組の教室に立て(こも)っています』  目撃者が危機を報せたわけではない。  それでも、害意を抱く得体の知れぬ何者かが校内に潜り込んだという非常事態だけは瞬く間に伝わった。結果として生徒はたちまちパニックに陥り、我先にと逃げ惑う者達が続出して、教職員は対応に追われる。 『くれぐれも、落ち着いて行動してください。生徒の皆様は先生の指示に従い、迅速に避難してください』  この放送が、作戦遂行のために潜入していた九郎原一派の工作員による自作自演だとは、誰も知らない。事前に仕込んだ音声を単に繰り返しているだけだが、撹乱という意味では、てき面の効果を発揮している。  全校生徒が教員の誘導で順繰りに避難してゆく中、乱馬 メルは流れに逆らって体育館の裏手を目指す。校内で奇跡的に合流を果たした、こんな場面において彼女が最も信頼できる、もう一人の仲間と一緒にだ。  乱馬 素数である。  ※    ※    ※  メルは数分前に、最上川 定理と別れていた。  本心ではすぐにでも教室に戻りたかったが、危険とわかっている場所に、か弱い定理を連れて行けない。恐怖に震えつつも想い人(素数)の身を案じて戻ろうとする、健気な彼女の手を引き、校門まで無事に送り届けた。  ひとまずの急務を果たすと、引き留める教員を振りきり、凄まじい脚力で翔ぶがごとく教室まで向かう。  廊下側の窓から覗き見て、絶句する。  死屍累々の地獄絵図の中、殺し合う醜い怪物。  うち一体は、自らの主人にして片想いの相手(羽根 可)。  二重の悪夢としか思えない光景を受け入れられず、メルは物陰に隠れて嵐が過ぎ去るまで待つしかない。やがて戦いは終わり、少女に擬態した怪物と武装した集団が出ていくのを見送り、メルは現場に踏み入る。  双子の弟が、屍の山から必死に這い出てきた。 「騙されてたんだ俺達みんな」  明日香を含む同級生達の体が偶然にも壁となって、素数は銃弾の嵐から幸か不幸か生還したのだという。 「デキルの正体は……エイダスだ」  肩で息をし、遠い目で虚空を見て、弟はそう語る。  ※    ※    ※  エイダスに寄生されて操られる人間。  エイダスに寄生されても自我を保つ人間。  両者を、他人が見分ける事は可能か否か。  おそらく極めて難しい、と言わざるを得ない。  ましてや乱馬姉弟にとってエイダスは、親の(かたき)だ。二人が少なからず誤解する理由として、充分である。 「あいつは俺らを探してると思う。  今から呼ぶぞ姉ちゃん……いいよな?」  ほぼ無人となった学校敷地内でも、際立って静まり返る体育館裏にて、乱馬 素数はスマホを操作した。  姉のメルは固唾を呑み、弟の指の動きを追う。 「確かめるだけ……っすよね。  ご主人クンが本当にウチらのご主人クンかどうか」 「ああ、それ以外には何もしない。  話を聞いて、もし我慢できたらだけどな」  メールを送信し終え、素数は大きな息を吐く。 「同族間の勢力争い、みてーなもんだったのかもな。そんなのに巻き込まれて、みんなが死んだとしたら」  当たらずも遠からずである。  メルは、二律背反する感情に悩まされた。  主に会いたい、でも、できれば会いたくない。  そんな彼女の複雑な心境にも構う事なく、重苦しい沈黙は容赦なく過ぎゆき、そして、時はやってくる。  ※    ※    ※ 《ここっ……こわくなかったでしゅの?  できりゅう(・・・・・)……いのちびろいしたでしゅねぇ……》  舌足らずの涙声が脳内でキンキンと響く。  可は思わず耳を塞ぐが、心の声には無駄な抵抗だ。 「いやいやいや何いってんの?  明らかにビビってるのはコギューの方じゃん」 《違うです! ビビってないですの! ワタクシは、じょーりゅーかいきゅー出身の淑女なので平気です。ただデキルは、ヒトオスの中でも雑魚の三下ですし、もしも失禁とかしちゃってたら慰めてあげなきゃと》 「漏らしたのコギュー? 僕の中で?」 《だ~か~ら、ワタクシの事じゃないですです~!》  くだらない会話を交わしつつ、手入れが行き届いていない学校裏庭の、背の高い雑草をかき分けて進む。九郎原の追っ手を警戒してのルート選択だが、心配はいらなかったらしく、尾行の気配も今のところない。 「確かにお嬢さんとはもうやりたくないね。  でもあの性格だし逆恨み買っちゃってるかな」  また狙ってくるのなら、1対1で決着をつけよう。級友を虐殺された恨みを思えば、あの程度のセクハラなどむしろ生温い。もっと徹底的な凌辱を、快感だと錯覚するほど与え続けて、心から後悔させてやろう。  しかし、いま気がかりなのはメルと定理の行方だ。  敵は、『羽根 可を恐怖によって支配する』という目的のためだけに交遊関係を下調べ済みなのだろう。既に誘拐されていてもおかしくない、と考えた可は、あちこち回ってひたすら二人を探していたのである。  突然、ポケットの内側で、スマホが振動する。  急いで画面を立ち上げて、通知を確認すると、 「えっ」  差出人の名に目を見張り、すぐさま踵を返す。
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