2nd.contact→incident

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 ※    ※    ※ 「よう、デキル」  乱馬 素数は、姉との約束を破った。 「もとかずっ!」  息を切らして体育館裏にやってきた(できる)は、再会した悪友の手が握る、自動式拳銃の銃口と鉢合わせする。 「できるならこんなもん日本で使いたくなかったぜ。護身用のまま錆び付かせたって、別によかったんだ」  セーフティを引いて、攻撃意志を明確にする。 「……よかった、生きてたんだね素数。  それで、見てたんだね……教室で、僕を」  状況を理解していくに連れ、喜びに輝いていた可の瞳は次第に陰りを帯び、視線は足元へと落ちてゆく。 「話が早くて、助かるぜ。  じゃあ俺が、何をするつもりかもわかるよな」 「やめてよ素数! こんなのってないよ!」  メルが割り込み、弟の腕を掴む。 「必要なことさ姉ちゃん。  俺達のこれからのためには」 「でもっ!」 「いいんだよメル!」  既に大粒の涙を流す彼女に答えたのは、可である。 「僕は、それだけのことしたんだ。ずっと黙ってた、嘘をついてた。エイダスのせいで二人がどれだけ苦労したかも、ご両親の件も知ってるよ。今日のことも、元をただせば、僕がみんなと同じ学校にいたせいだ」  笑顔と泣き顔の中間の表情になって、 「だから撃ってよ。撃たれるべきだ、僕は」  両手を広げ、迎え入れる姿勢となる。 「わかったよ。じゃあなデキル、楽しかったぜ」  素数がトリガーに指をかけ、力を込めていく。 「待って! まだ話っ……!」  乾いた銃声がメルの言葉を遮り、  胸に飛び込んできた銃弾が、  物理的にも発声を途切れさせる。  血潮を吹き上げ、メルは地面に、くずおれた。  肘を90度曲げ、銃口の向きまでも発砲寸前で転換させていた素数が、悲しげな眼差しで姉を見下ろす。 「なにしてるんだ素数……なに、を……」  わけもわからず呟き、可はよろめく。 「いいんだ」 「そうですそれでよいのです」  この場にいないはずの人物の声に振り向いた可は、伸びてきた二つの手に側頭部を挟み込まれ、固まる。  そこに立っていたのは、九郎原 真姫亜。 「作戦は2段構えだったのですよ。  第1に、理不尽な他人の暴力による恐怖。  第2は、大切な人の手で大切な人を失う恐怖。  さァいったいどんなお気持ちですか、可さん」 「あ……! ぁあ!」  身をよじり、手をほどこうとした。  が、全身が紙にでもなったように脱力してしまう。 「恐怖を感じないと、あなたは言いました。  しかし、やはり演技にすぎなかったのですね」  真姫亜の両手は、滲み出す粘液を纏い、変化する。指の1本1本が、軟体類の触腕となって、うねった。ソピストNo.9による洗脳の毒牙が心の隙に潜り込み、脳細胞を侵す、耐え難い異感覚に少年は見舞われる。 「なん……でだ! もと……かず!」  意識が混濁し、風景が霞む。  溺れているみたく、呼吸の自由まで利かなくなり、しゃがれた呻き声を漏らして口を繰り返し開閉する。 「恐怖のスイッチをオフにできる人間などいません。これは感情などではなく、本能なのですからね……」  そんな理屈など、どうでもいい。  可の揺れる瞳は、裏切りの悪友に向いていた。 「誤解しないでくれデキル、洗脳とかはされてない。普通に雇われたんだ、九郎原のお嬢さんに今朝方な。今までのは、姉ちゃんを連れてくるための芝居だよ。聞いてっか姉ちゃん、ごめんな、これも仕事なんだ」  素数は告白しつつ、全身を震わせている。 「うまくいくか半信半疑だったけど、成功ってことはデキル、ちゃんと俺らを大切にしてくれてたんだな。友達なくすの、怖いって、思ってくれたんだな。お前いつもなに考えてっかわかんねーから、ときどきよ、不安になるんだ。感情ねーんじゃねぇかって、腹の底では俺らとか、どうでもいいんじゃねーかなってさ」  垂れがちの大きな眼が潤み、滴が流れる。 「お嬢さんがな、約束してくれたんだ。俺の代わりに親父達の仇とってやるって、くそったれ宇宙人どもに目にもの見せてくれるって。だから俺、明日香を盾にして、姉ちゃんを撃って、お前に嫌われてでも……」 「もとかずくん」  か細い声が、彼の背中にかかる。  体育館の角から、最上川 定理が、顔を出す。 「わたし……もどってきたの。  やっぱりみんながしんぱいで……だ、だから」  彼女はどこまで、見たのだろう。  顔面蒼白で膝を笑わせ、どこまで、理解したのか。 「あーやめてよマジでそういうの。  なんでよりによって、お前に見られるんだよ」  素数は呻き、こうべを垂れて、目元を前髪で覆う。 「最悪だ……告白の返事だって、まだなのにさぁ!」 「……もとかずくん、どうしたの?  ちゃんと……ねぇ、こっち、みて?」 「来ないでくれよ定理ぃっ!」  音が鳴るくらい強く、腕を払う。  セーフティロックを外したままの自動式拳銃が投げ出され、体育館の壁にぶつかって、跳ね返ってゆく。  弾丸が、暴発した。  そして、定理の小さな額に、深々と沈み込む。 「あ……」  という声を、素数と定理はほぼ同時に溢していた。前者は呆然と立ち尽くして、後者は力なく座り込む。見開いた形のままで固まる少女の目が、永遠に輝きを失ってもなお変わらず、想い人を見つめ続けていた。
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