2nd.contact→incident

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「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!」  メルが跳ね起き、血を吐きながら地を蹴った。  この世ならざる金切り声の絶叫で空気を引き裂き、地面すれすれを滑空する矢のごとき初速で突き進む。スカート内側のガーダーベルトからボーイーナイフを抜き放ち、弟の喉笛めがけて、真っ直ぐに刺し込む。 「わざと明日香を……盾にしたのね……?  絶対に許さない……私の、ともだちを……」  双子は前のめりに倒れ、互いを支え、重なり合う。  身動きひとつとれずに惨劇を見届けるしかなかった(できる)は、力の入らない指でもって真姫亜の袖口を掴む。  この女が奪った。みんなを、僕の全てを。  優越感に緩む相手の顔を網膜に焼き付けるも、煮えたぎる憎悪はしかし、別のものに置き換わってゆく。思考が強制的に停止させられ、盲目的な忠誠心を植えつけられ、拒否して舌を噛もうとしても、叶わない。  これがもし少年漫画の世界なら怒りでパワーアップしたり、仲間が助けに来たりとかあるんだろうけど。  とりとめもない空想が、脳裏に浮かんでは消えた。  その直後、 「ぱっかーん!」  頓狂(とんきょう)な気合いの雄叫びが、体育館裏にこだまする。真姫亜の後頭部に衝撃が駆け抜け、首が大きく傾く。 「がぅっ!」  可から手を放して、振り向く間もなく、倒れ伏す。 「かっとばせ、みーくーらっ!  かっくらせ、みーくーらぁっ!」  心神喪失の憂き目にあった可にとっての救世主は、あまりにも様子がおかしい丸刈りの男子生徒だった。何が楽しいのか、自分自身の応援歌を高らかに歌い、金属バットで素振りの動作を狂ったように繰り返す。 「三蔵でも~、三振しな~い。  三蔵でも~、四番だぜ~♪」  もと傭兵の素数ならまだしも、一般人のこいつが、あの銃撃をどうやって生き延びたというのだろうか。  思わず放心しかけていた可は、グラウンド方面から九郎原の私兵達が駆けつけつつあるのを、確認する。もはや猶予のない現状を知ってしまい、数秒間だけ、地べたで無惨な姿を晒す親友、3名の顔を覗き込む。 《デキル……早く、行きましょう》  コギューに促され、振り向かず走り出す。  パトカーと救急車のサイレンが近付いていた。  ※    ※    ※ 「坊主頭の男子を保護。かなり錯乱してますね」 「タンカ早く回して! 女の子が生きてるぞ!」  警官服の青と救急服の白が、入れ替わり立ち替わり入り乱れて、校内は騒然とした空気に包まれていく。  校門の近くに、1台のセダンが停車する。  世界ラリー選手権出場を前提として、1987年に三菱(ミツビシ)が送り出した、『6代目ギャランVR-4』だ。 「なァんか、おもれェ(・・・・)事になってんな」  トレンチコートの似合う30代半ばと思しき男が、運転席の窓から双眼鏡を覗き込んでニヤついている。逞しい体に精悍(せいかん)な面構えという健康的印象に反して、薄暗く(よど)む瞳は、飢えた獣のようなギラつきを放つ。 「おめェもそう思うだろ、瑠雨(るう)よ」 「るー、るーるー、るるーるるー」  珍妙で無機質な鳴き声を発するのは、助手席で膝を立てて座り、あやとりに取り組む小柄な少女だった。  7~8歳か、いや、もっと幼いかもしれない。  リスなどの小動物を連想させる愛らしい容貌だが、眠たげに伏せる(まぶた)から覗く瞳は、人形めいて虚ろだ。白ワンピースで包む()せた体を、不自然なほど長く、綿毛(わたげ)にも似た柔らかな質感の髪に埋もれさせている。 「そっか、瑠雨的にはまだまだってか。  じゃあ、もちっと派手に盛り上げてかねェとな?」  双眼鏡を後部座席へと投げ捨てて言う男に対して、 「るおー!」  瑠雨と呼ばれた幼女は赤い糸で作った『ほうき』を真剣な表情で見せつけるなり、ふんす(どやっ)と鼻を鳴らす。 「お、やったなエラいぞォ。そろそろレベル上げて、4段ハシゴからの東京タワーでもいってみっかァ?」  上機嫌な男に頭をクシャクシャに撫で回されると、 「るー、るるるーるる、るおー!」  イラついたと見え、口を尖らせて何やらもの申す。 「ははっ、難しいってかよ。なァに、おめェはお利口さんだ。きっとすぐできるようになる、すぐになァ」 「ちょっと、クルマ退けてくれるかな」  と、若い警官がギャランに近付いてきた。 「いま捜査中で、一般人立ち入り禁止!  困るんだよね、公務執行妨害だよこれ?」  威圧的に迫る若者を、コートの男は余裕たっぷりの冷笑で迎え、懐中から取り出した手帳を突きつける。 「捜査一課の、男旗(おとはた)です」
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