3nd.contact→indication

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 ふたりはなかよし。  いつでもいっしょ。 「まってよ真姫亜(まきあ)お姉ちゃんっ!」  中学1年の頃、日絵(にちえ)の髪は背を覆うほど長かった。  天然猫っ毛が災いして気を抜けばひどい癖ができ、特に朝方など、整えるのにべらぼうな時間を要する。 「まごうことなき遅刻ですよ!  日絵ちゃんがずっと髪型で迷ってるからっ!」  あとあと面倒だとわかっていても、思いきって髪を伸ばしてみた理由は、ひとつ年上の幼馴染みにある。風を受けて華やかに舞う真姫亜のストレートヘアが、綺麗で絵になるものだから、うらやましかったのだ。  短絡的で、子供じみた、無邪気な憧れだった。  スポーツ万能を誇る真姫亜の足に、痩せがちの体で必死についていきつつ、日絵は頬を赤くして涙ぐむ。 「ごめんね、お姉ちゃん。  家の前で待たせちゃって、本当にごめんなさい!」 「気にしないで、日絵ちゃん」  日焼け跡ひとつない腕に手を握られて、ただでさえ暴れていた日絵の心臓が、はち切れそうなほど昂る。 「一緒に行かなきゃ、意味ないでしょう?」  澄みきった眼差しの煌めきに魂まで絡め取られて、日絵は、このままじゃ死んじゃいそうだとさえ思う。  友達以上で姉妹以上で、恋人まがい。  片や一般市民のチビ、片や由緒正しき名家の令嬢、身分違いの友情は小学生低学年の頃から続いてきた。  子供なんてステータスを示すアクセサリ程度にしか思っていない日絵の母親が、コネクションを得られるならこれ幸いとわざわざ大枚叩(たいまいはた)いて、同じ中学を娘に受験させるくらい、互いの絆は強く深いものだった。 「ここまではわかりましたか?  (かく)の三等分問題なんて、簡単でしょう?」 「えへ、ぜんぜんわかんなかった」 「では、理解できるまでオヤツ禁止ですね」 「ひん、お姉ちゃんスパルタすぎだよぉ~。  でもありがと、習い事あるのに付き合ってくれて」  図書室での自習はほぼ、彼女らの日課である。  死に物狂いで勉強しまくって受験戦争を切り抜けた日絵ではあるが、日増しに上昇する授業レベルの高さにはとてもついていけず、期末試験の時期になると、いつも付きっきりで真姫亜に指導してもらっていた。 「毎度お仲のよろしいことだねぇ。  今から二人で保健体育の実習でもやらかす気ぃ?」  引き戸を蹴り開け、湯田 リオが踏み入ってくる。単独行動できないという呪いでもかかっているのか、常に二人以上の取り巻きを連れ歩かずにいられない、容姿だけはやたら小綺麗に整えた猿山の女王である。 「いけませんわお姉さま」 「聖母様が見てますわよ」  金魚のフンどもまで便乗して、ふざける。  そいつらと、怯える日絵との間に、真姫亜が立つ。 「邪魔しないでください。私達は未熟ゆえに、それを恥じぬ大人となるべく学生の本分に勤しんでいます」 「か~っ、優等生なご意見ですなぁマキアートさん」  ふざけたアダ名で呼ばれ、タメ息ひとつ。 「理解に苦しみます。  なぜ進んで自らの幼さをひけらかすのでしょう? (たわむ)れを可愛いで許される年齢は過ぎているのでは? あなた方もお手隙でしたら卓につき、有意義な時間の使い道というものを学び直してみてはいかがです?」  淡々と繰り出される、言葉のジャブ。  さすがに(こた)えてか、リオの口元が苦々しげに歪む。 「あんたさ、覚えてなよ」 「今度は児童番組の悪役の台詞ですか?  己を小さくするのはおよしなさい。(とく)が逃げます」 「行くよ!」  苛立ち紛れか、引き戸を再び蹴り飛ばす。  小者は手下を引き連れ、足早に出ていく。 「もう大丈夫ですよ、日絵ちゃん」  (ささや)いて振り向く真姫亜の瞳は、慈愛で満ちていた。少なくとも、当時の日絵の目には、そう映っていた。 「うぅ……すごい!  すごいよお姉ちゃん、かっこよかったよぉ!」  眩しさに射ぬかれ、素直な感嘆が漏れる。  真姫亜は先ほどまでの厳格な態度が嘘みたいに赤面するや、『ふぇっ?』とうろたえて目を白黒させた。 「や、やめてくだしゃい。私はただ……あいつらが、日絵ちゃん怖がらせるから追っ払いたかっただけで」  壊れたブリキのオモチャさながらのぎくしゃくしたダンスを披露する相手に、日絵は思いきり抱きつく。 「だいすき」  少女漫画のヒロインになった気分で、微笑む。  私のお姉ちゃんは、王子様だったんだ。この人は、いつでも私を守ってくれる、正義のヒーローなんだ。
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