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 ※    ※    ※  乾いた秋風を浴び、日絵は足早に校門を出てゆく。そこで、会いたくもない顔と鉢合わせしてしまった。 「おう、どうしたよこんな時間に」  やたらと明るく軽い調子で語りかけてくる、詰襟を着た坊主頭の少年は、隣の高校に通う三蔵(みくら) 玄一(げんいち)だ。 「早退か? あ、俺んとこはいつも二時半まででさ。しかも今日は部活休みなんで、この時間なんだけど」 「あそ。聞いてもないのに説明どうも、じゃあ」  日絵は、げんなりして背を向け、歩道を進む。  しかし少年は、 「ちょっ待てよ」  と追いすがり、少女の姿をまじまじと眺めて驚く。 「おい! ビショビショじゃんか、服も髪も!」 「私が濡れてたら、あなたに何か不都合ある?」  すげなく応じて小走りになるも、インドア系の女子中学生が野球部エースに競争を挑むのは無謀すぎた。結局、数分経過しても振り切れるどころか、距離など微塵も稼げず、相手に汗をかかせる事すら叶わない。 「またアイツらにやられたのか! そうなんだな?」 「関係ない! ついてこないで!」  息を切らして叫ぶ日絵の、細っこい肩を、スポーツ男子の腕力がガシリと掴んで、強引に振り向かせる。 「すぐに相談しろよ! いじめられてんだろ!」  少年の眼には怒りの念が燻っていた。 「もう何度目だよ。アイツら、許さねぇ……」  ハンカチで頭を拭かれながら、少女は目をそらす。 「同情とか迷惑。頼んでないから、やめてよね」 「そういうんじゃねーよ」  そっぽを向いた顔を覗き込まれて、言葉につまる。 「ちょっと時間いいか?」  緊張で脈が速まり、肌が熱くなる。気づけば彼女は手を引かれ、帰路とは真逆の道筋を歩かされていた。  ※    ※    ※  連れてこられたのは、ひとけのない公園。  ペンキの剥げ落ちたベンチに座る、日絵のもとに、缶ジュースを手にした三蔵がノシノシとやってくる。 「これでいいか? すまんが適当に買った」  コーラを渡された日絵はしぶしぶ受け取ってから、空いている方の手で、ピンク色のサイフを取り出す。 「頼んでない。払う」 「いいって。バイト給料日だから今日、俺」  三蔵は白い歯を見せ、彼女の横のスペースに座る。 「なんでこんな事するの。なんかの罰ゲーム?」 「気分悪くなるんだよ、お前見てっと。  いっつも暗い顔して、一人で無理してる感じでさ」 「哀れに思うなら今すぐ世の中、変えなさいよ」  日絵は、どこから見上げても月みたくついてきて、上空で監視の目を光らせている巻き貝型円盤を睨む。 「くそったれ宇宙人みたいにさ。ホントやんなるわ。前より平和になったとか抜かすアホ教師もいるけど、人間同士のミニマムないざこざは結局なくなんない。ちまちま手緩い侵略なんかしてないで、いっぺん人類滅ぼすくらい徹底的にやるべきだったと思うわ。そうなれば私も、クダラナイ奴らに絡まれずにすむのに」  ここまで一息にまくし立ててから、隣の少年が急に吹き出すのを見とがめて、口をへの字にひん曲げる。 「何がおかしいのよ」 「や、悪い。けっこう喋る奴だったんだ、と思って。俺と、こんなに話してくれたの……初めてじゃね?」  笑顔を向けられ、思わず頬が染まってしまう。 「お、いま照れたな。かわいいじゃん」 「黙れシャラップ! 体質よバカ! 照れてない!」  日絵はいたたまれず、相手の肩を小突く。  三蔵は微動だにせず、ふいに、口元を引き締めた。 「世の中変えるっつーのは無理かもしんないけどさ、いじめっこ追っ払うくらいはできるつもりだからさ。今度またなんかされたらマジで飛んでくし、遠慮なく頼ってくれよ。つか確か、前にID、教えただろ?」 「あんなの、け、消したわよ。やめてよね、ヒーロー気取りとか、ホント不愉快。わっ、私、帰るから!」  ペースを乱され、少女は声を裏返す。  勢いよく立ち上がるなり、踵を返す。  ベンチの上にコーラ代を残しておくのも忘れない。 「絶対呼べよ! 待ってっからなー!」  背にかかる彼の声を遠ざけようと、全力で走った。  人間には加虐者と被虐者の二通りしか存在しない。古鳥 日絵はいつでも、そう思い込んで生きてきた。自分は永遠に後者の立場であって、弱い生き物が搾取され淘汰されるのは世の習いと、最初から諦めておく事で精神の均衡を保ってきたのである。だからこそ、あの少年のような異物を、認めるわけにはいかない。  誰かに助けを求めてしまえば最後、自分の惨めさが何倍にも膨れ上がって、潰されてしまう予感がした。  それが、何よりも怖かったのだ。
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