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≪腹上死≫ ――女が浴衣を脱いでいる。 ――ブラジャーとパンティーだけの姿になった。 ――布団の上で、湯上りの肌を見せつけながら、おれを誘惑している。 ――おれはこの思いがけない光景に息を呑む。  ああっ!   ――体がしびれるぅ。  うっ! ドサッ! ――この音で暗闇……。 ≪えええっ! おれは死んだのか?≫ 「――わたしが、このひとにもっと妻らしく接していれば、このひとのわがままをもっとちゃんときいてあげていれば、こんなことにはならずにすんだのです」沙夜子(さよこ)がしゃくりあげる。 「沙夜子さんは悪くないわ。お兄ちゃんが大バカ者だったのよ。いい気になって、自分勝手に振る舞って、女は家事や、子育てで忙しいのに! ちょっとつれなくされただけで浮気に走るなんて。男ってみんなそう! ――おい! マサヒロ! おまえのことだよ!」 「あ? ああ……」元義弟のふてくされたような声。  沙夜子の手がおれの頬に触れた。優しく撫でてくれている。こんなにも優しく触れられたのはひさしぶりだった。 「……あなた。ごめんなさいね」  死んでから優しくしてくれるなんて、いままさに未練が生じてきた。  沙夜子の手がおれの額に移動した。その手が下にさがってきて、指の腹でまぶたを押しつけてきた。みょうに力がこもっていた。――いや、自分でも指を使って自分のまぶたを閉めたことがないので力加減はわからないが目玉がつぶされそうな気がした。目の前が赤と黒の入り混じったなんとも形容しがたい景色にかわった。 「さあ、すこしあちらで休みましょう。ぼくが葬儀の手続きをお手伝いしますので――」マサヒロが言った。 「あんた。べつに来てくれなくてもよかったんだよ」エリコが言っている。「もうあんたとは別れてるんだから――あんたの浮気が原因だけどね! ――わたしの()とはもうなんも関係ないんだよ!」  元義弟マサヒロのため息のようだが、みょうに大げさな息づかいにきこえた。「オレはね、義兄さんにはたいへんお世話になっていたんだよ。いろいろ相談にものってもらっていたんだ。恩返しをしたい気持ちもあるんだよ」 「へー? なんの相談? ふたりで浮気の相談でもしてたんでしょ!」 「エリコ! いい加減にしなさい!」ふたたび姉が一喝した。「この()はろくな死にざまじゃなかったけど、もう仏さまになっているのよ。バチ(﹅﹅)があたるわよ!」
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