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六
――おれのまわりでひとの気配がなくなってしばらく経ったころ、ミシミシと畳を踏みつけてくる音が右耳にきこえてきた。あきらかに足音を忍ばせている音である。
「クスクス」「ウフフフッ」と、こどもらの声。
「シーッ!」と、男の声。元義弟マサヒロの声。
音もなく。小窓が開いた。――薄明りになる。
「さあ、見てごらん……あれ? 目が閉じてるな?」
「え~っ? そんなのズルいよ」と、ヨシノブの声がした。
≪ズルいとはなんだ? おれがおまえをガッカリさせるためにわざわざ目を閉じたとでも……≫
「閉じたり、開いたりすることがあるんだよ。さっき、おじさんが説明したろう?」
と、きこえた。と、おれのまぶたに圧迫がきた。
「ほうら! 開けてあげよう」
≪ちょ、ちょっとまて!≫
「うわ~、開いた!」
「ほんとだ!」
と、感嘆にも似た声。
おれはニタニタ笑うマサヒロと、ケラケラと笑うこどもらの顔を見ている。
≪こいつら、おれをなんだとおもってやがるんだ≫
「――パパは……ほんとうに死んじゃったの?」と訊ねる声がする。おれはハッとする。娘の声だ。
「さあ。もうおしまいだよ」マサヒロが声音をかえた。こどもらの顔がこわばり、ひとつふたつとおれの視界から去った。
「さあ、沙緒里ちゃん。こっちにおいで」
服の擦れあう音がきこえた。マサヒロの顔と沙緒里の顔が並んで見える。沙緒里の肩に手が置かれている。
≪あっ!? この野郎! 娘になれなれしく触るんじゃない!≫
「そうだよ。おとうさんはもう帰ってこないんだ。悲しいけどこれが現実だよ」
沙緒里がくちびるを噛んだ。
「こんなこと、ほんとは言っちゃダメなんだけど。おじさんは沙緒里ちゃんのおとうさんには怒っているんだよ」
≪なんだと? なんで、おまえが怒ってるんだ!≫
「こんな可愛い沙緒里ちゃんを置き去りにして死んでいっちゃうなんて。ほんとに無責任なおとうさんだと思うんだ。だから、おじさん怒っているんだよ」
「う、うえ~ん。うえ~ん――」娘の泣き顔が見える。いやだ! こんな娘の姿を見るのは、いやだ!
「さあ、泣かないで、泣いちゃだめだよ」
≪泣かせたのは、おまえだろうが!≫
「さあ、おかあさんのところに戻ろうね。ちょっと休んだらいいよ。こんやはお通夜だし、あしたはお葬式だからたいへんだよ」
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