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写真。
流れる時を留めておける魔法。湾曲する記憶を補強する手段。
俺の写真は一枚もない。幼少期はもちろん小学、中学の記憶を辿る媒体は存在しない。ガキの頃の記憶、多分小学校低学年。自分の名前の由来と子供の頃の写真を持ってくるって授業があった。おそらく、親の愛を知って感謝しましょてきなやつ。多分だけど。
写真がない俺は姉貴の写真を持ってった。
小さい姉貴が白いフリフリした服を着て、カメラを向けた誰かをきょとんとしたクリクリの目で見つめてる写真。
ガキどもがガキの写真を見て“しゅん君カワイイ”を連呼した。
机の上に置かれた写真は確かに妖精でお人形で、写真に収められるべきの個体。姉貴はフランス人形。成長した姿も黙っていれば作り物のようで、あの大きな瞳の前で嘘をつける人間はきっといない。
全身墨だらけで合気道だの護身術だの。未成年用のおまわりさんまで家に上がり込んで姉の意見を聞いてた。あの人はものすげぇ体格よくて、目の前でみると一歩あとずさりするほど迫力があって。本物の警察官ってやつを体感したあの日。
俺の写真がないってことを物心ついた頃から知っていた。姉貴らも知っていた。それを別に悲観することもないしどうってことねぇ些細な事だと思っていて。
ないのがあたん前で、写真なんぞそもそも好きでもない。カメラの前ではしゃぐなんぞ死んでもしねぇだろうし。写真嫌い、それが後付けされた俺の個性。
多分、写真が沢山あれば大人になても撮られることに抵抗はないんだよ。ない奴は俺みたく頑なに撮られたくなくなる。写真がないことを隠したいからか、成長してからも自分の写真が存在することに抵抗がある。
今の俺も自分の意思でカメラに視線を向ける事もねぇし、今の俺の写真がない事で、昔の写真がない事を誤魔化してぇのかも。
写真。
あの日、あの授業中、誰一人として俺じゃないって事に気づかなかった。俺はただ黙っていた。肯定も否定もせず静かに椅子に座ってた。
名前の由来なんか誰に聞いて良いのかも分からず、漢字辞典に書いてあったそんままを発表して。自分が消えていくような錯覚を覚えながら姉貴の写真を眺めて。俺は俺じゃなくても済むんだなと、俺が俺でなくても誰にも気づかれないのだなと。
虚無、だった。
今は思う。
あの日の俺は、自分の写真が欲しかった。何の授業かも忘れたが子供の俺は酷く、酷くなんだろう。
あぁ。そうか。きっと傷ついていた。薄く広く傷ついていた。
写真なんぞ大嫌いだ。
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