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二日に一度はホテルに泊まり、シャワーを使うが常に一人。外に出て、まずするべきは人間観察。押しに弱そうな男性を選別し、声をかける。そのような生活を始めたのは初秋の頃。人を見る目は確実についた。得か損か。人を見極める理由はそれに尽きる。
空は薄曇り。並木道の桜は僅かに芽吹いている。こんな春の空は花曇りと言ったなと一時期熱中していた俳句の季語を思い出す。すでに関係のない話だと頭を切り換えて、早苗は獲物を探る。ビル街から商店街に住宅地。縄張りは広いに限る。
住宅地を歩き、公園に赴く。母子連れや散歩の老人。早苗は一人の老人に目をつける。公園のベンチに座り、幼い子たちと仲睦まじく話し込む老人。その手には写真らしきものがあり、それを子供たちに見せている。思い出話でもしているのだろう。子供好きを売りにする大人に早苗は嫌気が差していた。
早苗とて未成年。子供と呼ぶ人もいる。そんな子供に鼻の下を伸ばして、小遣いを渡してくる大人。大人など悪だ。早苗はその文句を脳内で繰り返し老人に声をかけた。
「何の写真ですか?」
ナチュラルに。気取られないように。親しみやすく。笑顔で。
「これかい?猫と妻の写真だよ」
老人は微笑んで早苗に写真を見せる。そこには白い猫を抱いた白髪の女性が写っていた。
「いい写真ですね」
心にもない言葉が口をつく。
「ああ。私には勿体ないくらいの写真だよ」
「会ってみたいですね。猫ちゃんにも奥さんにも」
「それは駄目だね。大切なものは内緒にするんだよ」
早苗は口を開けたまま固まってしまう。
「私はただ写真を自慢したいだけなんだ。それ以上は遠慮する」
老人は笑ってベンチから立ち上がる。
「お嬢さん、学校に行かないと」
老人はそれだけ言って立ち去ろうとした。早苗にとっては屈辱的な一言で。それだけに火がつき、早苗は老人のあとを追った。
「私、学校で嫌なことがあって、学校に行ってないんです」
「それはそれは」
「親だって教師だって真剣に私に向き合ってくれません。それでも学校行かなきゃ駄目ですか?」
「いいや。無理して行く必要はないね。ただ逃げてたら何も変わらないよ?」
老人は歩みを止めず、早苗も歩みを止めず、何とか気を引こうとついていく。
「私、不登校なんですよ!何とかしてやろうと思わないんですか!」
老人はぴたりと歩みを止めた。
「飯でも食うかい?」
老人のその言葉に早苗の口角が上がる。やはり大人など、皆、同じだと。
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