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老人が早苗を連れてきたのはハンバーガーチェーン店。老人はセットメニューを一つだけ注文した。
「では私はこれで。年金暮らしだからね。このくらいのことしかしてあげられないんだよ」
まるで孫に言い含めるかのような柔らかな言い草で老人は立ち去ろうとする。
「待ってください!話を聞いてください!」
老人の袖を掴む早苗の手が必死になる。負けたくない。その一心で。
「私に話しても何も解決しないんだよ?」
「それでもです!」
カウンターの前で叫ぶ早苗に老人はため息を吐いて見せた。
「強情な子だね。少しだけだよ」
ハンバーガーセットを手に早苗と老人はイートインに向かい、隣り合って座った。
「大人って私みたいな子を何とかしたいって思うんじゃないんですか?シカトしようとか無責任なんじゃないんですか?」
早苗はドリンクにだけ口をつけ、そうぼやき始める。
「私は頑張って進学校に合格したのに、私の身に振りかかったのは冤罪です。でも誰も冤罪だって言わなかった。私が犯人でいいと、そんな扱いなんです」
「それはそれは」
「何がそれはそれはなんですか!そんな世の中にしたのは、あなたたち大人なんじゃないんですか!?」
老人は一時、宙を眺めてから切り出した。
「確かにね。でもね今も昔も理不尽は沢山あった。それに負けるか負けないか。それだけなんだよね」
「私が負けたって言うんですか!?」
「どうだろう?ただ、私には君は同情を求めているようにしか感じ取れないんだよね。それを負けたとは私は思わないけど」
腹が立つ。諭すような口調も穏やかな微笑みも。
「私は家にも帰らずに男性からお小遣いをせびって暮らしてます。はっきり言って負け犬です。言えば軽蔑されると思いますが、私はあなたからお小遣いをせびるために声をかけました。そんな女が負けてないはずないでしょ!」
「そうなのだね。だが、私は年金暮らしだよ。人様にあげる金銭は持ち合わせてなくてね。ただ話を聞くくらいしかできないんだよ」
「……お金があったら私にお金くれてたんですか?奥さんに悪いと思わないんですか?自慢の奥さんに!」
どうしても。どうしても、この男性を打ち負かしたかった。どうしても大人は汚れた者だと信じたかった。
「私は独り身だよ。さっき見せた写真は亡くなった妻と亡くなった猫だよ。二十年も前の写真だよ」
そう漏らした老人への早苗のイメージは崩れ落ちた。優しい奥さんと可愛い猫に愛すべき子供になんでも許してしまう孫に温かな家庭に団欒。そんなものを抱いていた。その一つは脆く崩れた。
「子供もいないし孫もいない。猫を飼うにもこの年では無責任過ぎる。私は貯金と年金だけで生きてる独り暮らしの老人だよ。君に何かしてあげたくても何もできないんだよ。まぁ妻が生きていたら怒られるだろうが」
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