蚕の幸せ

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蚕の幸せ

私は蚕。 私は死ぬと絹になる。 でも今は醜いアヒルの子と同じ、 芋虫みたいな何か。 こんな私をあなたが好きになってくれるはずがない。 だから私は白鳥としなってみんなを見返すの。 あなたのために私は頑張って、 それでみんなを、 世界中の人を見返してやろうと、 そう思うの。 私は暗闇で育ったのよ。 そこには桑の葉しかなくて、 あなたは本当は実在のお方じゃなくて、 こういう人が居たら私頑張れるって思って考えた偽りの方。 私の幻想なの。 あなたみたいな人が居てくれたら、 こんな真っ暗闇の場所でも生きていけるかなって。 そう思って生きる価値をそこに作ったの。 だから、 あなたとは会ったこともないし会えることもない。 だってすべては私の妄想なんだもの。 きっと周りのみんなはみんなそんなことは考えていない。 だって私は特別だから。 ただの桑の葉を食べるだけの蚕とは違うの。 あなたって言う人を考えてしまった、 そんな特別な蚕だから。 だからここに居るみんなとは違うの。 きっと違うって思いたいの。 みんなとは話すことはないけれど、 だってみんな一心不乱に桑の葉を食べてて、 話しかけるなんて雰囲気じゃないのだから嫌になっちゃう。 ここに私の居場所を見つけることができたら、 こんな空想にすがって生きることなんてしなかったのに。 私は体を糸でぐるぐる巻きにする。 桑の葉をたくさん食べて食べて、 それで力をつけて、 糸をだして私は体にぐるぐるとまきつける。 そう、 これはエステ。 あなたと一緒になるための私のすべてを賭けた投資。 あなたのことを考えてのこの行為は、 疲れるけれど幸せなことよ? 自殺行為って言われるかもしれない。 そう思われるかもしれない。 言われてみればこれから死ぬんだし、 そうかもしれないと私はくすりと笑う。 だってそうじゃない? あなたのために死ねるのなら私は幸せだもの。 幸せなときに死ねるってとても良いことだと思うの。 私は真っ白な糸をまとう。 そして蛹になる。 蛹になっても羽化してあなたに会いに行くこともない。 私の人生はここで終わり。 だって私は羽化する前に死ぬのだから。 あなたなんて存在も知ることなく、 私は死ぬ。 それでも私は幸せよ? あなたのことを思って、 それで私はあの暗闇での生活に耐えることができたから。 そこに希望を見つけることができたから。 これはあそこに居たみんなとは違うって断言できるもの。 蚕として生まれることのない蛹は綺麗な絹になる。 でも、 私はここで死んでしまう。 それが私の存在価値だから。 しかしここまででは終わらせない。 これからが私の希望。 私はぐつぐつと煮えたぎる窯の中に他の人と一緒に入れられる。 そこでもちろんだけど、 私は死ぬ。 でも他の蚕より美しくなる自信があるわ。 熱いお湯に茹でられて苦しいんだと思うの。 幻聴が見える。 でも、 あなたとのこれからを考えるときっとも苦しくないってそう思うことにするわ。 むしろこの熱湯がハワイの浜辺のよう。 もし行けるなら、 あなたとハワイに行きたいわ。  ハワイだけじゃなくて、 あなたと世界中を周りたい。 私はお洒落して綺麗な服を着て、 あなたと一緒に浜辺を歩くの。 ハレクラニのココナッツケーキを食べたり、 楽しい時間を過ごせたら良いのにって。 一緒に免税店に行って、 そして私に似合う宝石を選んで欲しいわ。 でもこれは思うだけでそれは実現できないの。 実現するのは不可能なの。 だってあなたなんて存在は居ないのだから。 これは苦しい世界で私が考えた妄想で、 それはきっと私のすがった生きるための希望でしかないから。 あの暗闇を生きるには、 これくらいしないとやっていけなかったのよ。 あの暗闇は精神を狂わせる。 こんなことを考えている私はもう狂っているのかもしれないわ。 見知らぬあなたに私は恋い焦がれる。 それが今の私がちょっとだけ死の直前に思った、 将来を願った儚い夢。 一生叶うことのない、 そんな惨めな夢。 だけど私は悔しくなんてない。 でもね、 それでも良いの。 いや、 それが良いのというのが正しいのかしら? こんな私でも結構幸せなのよ? あなたには分からないと思うけど、 きっともうすぐ分かるから。 そうして私は窯から出され糸になる。 まっすぐまっすぐ一直線の糸になる。 あなたに一直線の思いを込めた糸になる。 この私が作った糸があなたの体をまとう服の、 生地になるときあなたと私は一緒になるの。 会ったこともない、 私の中の大切なあなた。 あなたはそれを私だと分からないかもしれない。 でも、 それでも私は良いのよ? あたなが分からなくても私は一緒に居ることができるなら、 それはそれは幸せなことだから。  だから私はこれ以上は何もいらない。 この生地が私と分かってもらえなくても悲しくなんてない…… そう言ったら嘘になるけど、 気付いてもらえないのはちょっと悲しいけれど、 でも私はあなたをまとう服になれて一緒になれて幸せなの。 私の努力が、 私の決意が、 私の愛が、 あなたをまとう服になって一緒に居られますように。 あなたをずっと守ることができますように。 この弱い私があなたを守ることができるのはこれぐらいしかないから。 あなたとずっと共に居ることができますように。  私はそう願ってやまないのです。
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