蚊の熱情

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蚊の熱情

血を吸いたい。 血が吸いたくて仕方ない。 それ以外何も考えられない。 血が吸えればそれで良い。 それ以上は何もいらない。 だから私に血を吸わせて。 誰でも良いの。 血が吸えれば誰でも良いの。 好きなものも嫌いなものもない。ただ血が吸いたいの。 私だって満たされたいの。 他の血を必要としない動物みたいに、 食べるように血を吸ってそれで満たされたいの。 私は血が欲しいの。 何よりも血が欲しいの。 どうしても我慢できない。 我慢すればするほど、 後々爆発するって分かってる。 みんな動物は私が嫌いだ。 私はこんなにも動物が好きなのに。 その動物に流れる血がこんなにも愛おしいのに。 なのに私の気持ちなんて全く分かってくれない。 血の通った生き物がこんなにこんなに大好きなのに。 嫌いな動物なんて居ないのに。 なのにみんなは私を嫌う。 私にとってそれは分からないこと。 あんな紙切れよりも私は血が欲しいの。 好き、 好き、 好き。 血を吸わせてくれる人はみんな好き。 だけれどみんな私を愛してくれない。 私ばかり独りぼっち。 私を必要としてくれない。 邪魔者としてみられるだけ。 居ない方がマシって思われるだけ。 私だって同じようにこの世を生きているのに。 私だって必要とされたい。 私だってみんなから愛されたい。 あのね、 私は濁った水たまりで産まれたの。 そこは本当に汚いところで、 人間の小学生がよく遊んでいたわ。 そこに居たのは短い間だったけれど、 とっても苦しかったの。 こんな世界から、 大人になれば抜け出せるとそう思っていたの。 だってそれには理由があるの。 水たまり以外の世界を教えてくれる蛙さんが居たの。 ボウフラの私に普通に接してくれた最初で最後の生き物。 それは多分、 私を害のあるものとしてみてなかった、 そんな世間知らずな蛙さんだったからだと思うの。 外の世界は綺麗だとそこに居た蛙になりかけのオタマジャクシが教えてくれたわ。 私は水の外から出れるその子が羨ましかったの。 私だって外に出れば変われると思ったの。 でも、 ようやく外に出たら血が吸いたくて仕方なくて、 それで私は狂いそうなの。 血が吸いたくて仕方がないの。 でも、 吸血鬼と違って昼が苦手とかはないわ。 昼夜かまわず吸いたいの。 だから吸血鬼より苦しいかもしれない。 私だって夜ぐらいすべて忘れて眠りたい。 誰の血でも構わない。 だから血が欲しいの。 友達が、 いや私が友達と思っていただけの、 一緒に水たまりで過ごした仲間たちが、 血を吸ってどんどん殺されていくの。 それを見ているのが怖いの。 男友達にはこの苦労は分からない。 男の蚊は血を必要としないから。 だからこの気持ちも分かってもらえないの。 でも女は仕方がないの。 血が欲しい。 血が欲しい。 血が欲しい。 私は今日もふらふらと血を求めて飛ぶ。 人間は危険だから人間のペットを狙う。 人間は薬とか使ってまで私達を殺そうとする。 私はただ、 少しだけ血を分けて欲しいだけなのに。 どうして分かってくれないのだろう。 その後に痒くなるのが嫌だから? 私だってこんな空腹に怯える日々は嫌だよ。 だから血が欲しい。 何もミイラになるまで吸いたいって言ってるわけじゃないのに。 私が血を吸ったって動物達は死なないのに。 なんか蚊が吸う血には危ない病気の生き物の血があって、 その血を吸った後に吸うと病気にかかっちゃうこともあるらしいけれど、 そんなことは私には関係ない。 美味しいと思う血はあっても、 私の体は小さいからミイラになるまで吸うとかそんなことできない。 だから私に血を分けて。 誰でも良いから私に血をください。 私を認めてください。 私を受け入れてください。 私が生きていても良いよって言ってください。 そうしないと私、 血を吸いたくて吸いたくて、 この衝動を抑えることができないって分かったら、 自分から死を選ぶかもしれない。 今の私は血を吸うことしか脳にないから。 それしか考えられないから。 だから私を殺してください。 あら、 ちょうど良いじゃない。 死ぬ覚悟で血を吸いにいけば良いじゃない? 死ぬ気になればなんだってできるって言うけれど、 そんな言葉は綺麗事だわ。 死ぬ覚悟よりも生きる覚悟の方が難しいなんて私だって知ってるもの。 あぁ、 血が欲しい。 誰でも良いの。 あの蛙さんは私のことをどう思っていたのだろう。 私のことを嫌がらなかった蛙さん。 その人を思って、 今日も血を求めて飛ぶ。 私のことをまた認めてくれる、 そんなお方を探しながら。 私は血が欲しいの。 もしかしたら誰でも良いってわけじゃないかもしれない。 私を認めてくれる人の血が欲しいだけかもしれない。 そんなの無理な話なのにね。 私なんかが認められるわけないのに。 でも少しだけ希望を持っても誰にも批判はさせないんだから。 あぁ、 私はなんて自分勝手なんだろう。 こんな風になるなら、 ずっと汚い水たまりの中に居るのだった。 こんなにも外は綺麗で素敵。 ぶんぶんと飛ぶと太陽が輝いている。 月だってこんなにも私を見通すかのようにそこに居る。 でもそこは私には生き辛い世界。 水たまりは汚くて早く外に出たいと思った。 でも、 そこに居たときの血が欲しいなんて思わなかったあの頃に戻りたい。 そうすれば蛙さんと仲良くお話できたのに。 あの蛙さんはこんなに変わってしまった私を見てどう思うだろう。 きっと良いようには思わないだろう。 だから私は綺麗な思い出のままにしておきたいから、 だから蛙さんには会いに行かないの。 きっと蛙さんも私が来ると困ると思うから。 血が吸いたい。
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