おたまじゃくしの誤り

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おたまじゃくしの誤り

僕がオタマジャクシだった頃の話だ。 僕は水の中よりも外の世界が輝いて見えた。 初めて手と足が出て、 エラも陸地用となるためなくなる。 それが嬉しくて仕方なかったのだ。 その頃、 僕は浮かれていたのかもしれない。 いや、 浮かれていた。 相手も大人になったら外の世界を見る、 ボウフラに僕は外の世界は素晴らしいと言ってしまった。 いや、 あの水たまりと比べたらまだマシかもしれない。 でもボウフラにとっては、 あの水たまで死んでいた方が幸せなのだ。 ボウフラは蚊になる。 血は甘露。 一度吸ったらやめられないという。 僕はそんなこと知らなかったから、 彼女が血を求めて彷徨っていると考えると、 あの時餌として殺しておけば良かったと思う。 僕は優しいから、 彼女を殺さなかった。 彼女に外の世界を観てもらうために食べるのを我慢した。 それくらい僕は彼女にイカれていたのだ。 でも、 先輩の蛙から聞く。 蚊が満足するのは不可能なのだと。 蚊が満たされるのは不可能なのだと。 だから僕は彼女を救ってあげたいと思った。 でも、 その方法は僕には一つしかない。 血は海水と同じらしい。 飲めば飲むほど乾く。もっともっと欲しくなる。 そんなこと、 オタマジャクシだった僕は知らなかった。 海水を飲んでしまったら、 どんどん海水が欲しくなる。 これも僕には分からない。 僕は彼女の苦労を、 苦痛を理解してあげることができない。 あの水たまりに居たときは、 彼女が大人になってこんな苦労をするなんて知らなかった。 だから、 希望を与えるようなことを言ってしまったのだ。 彼女は今、 僕を大嘘憑きだたお思っているだろうか。 僕は酷いことをしてしまったと反省する。 でも、 あの頃の僕にとっては外の世界は綺麗なものだったんだ。 僕は彼女が血を求めてふらふらしているのなら、 いっそこの手で殺しても良いと思っている。 痛くないように優しく…… 依存というものは恐ろしいものだ。 それは僕も知っている。 僕はあさだけ好きだったオタマジャクシの頃の水場が今はそこまで好きじゃない。 むしろ、 獲物を待ち受けているその水たまりの近くが好きだ。 僕は蚊を食べることに慣れてしまた。 蚊はミディアムレアのステーキみたいに、 とってもジューシーで美味しい。 彼女が血を吸っているのなら、 そんなステーキのような味がするのだろう。 彼女は血なんて吸えるのだろうか? 僕は水たまりで鈍くさかった彼女を思い出して考える。 大人になったら独りで生きていかなきゃいけない。 だからきっと大丈夫だと信じたい。 そして僕は彼女を食べて、 僕自身も満足すると思う。 それに彼女も血への執着から逃げられるならそれはそれは良いことじゃないか。 僕は彼女を探すことにした。 彼女はふらふらと飛んでいた。 うつろな目をしている。 きっと、 血を求めて血が欲しくて仕方ないのだろう。 僕は彼女が可哀想になってくる。 挨拶なんていらない。 僕はふらふらの彼女を見つける。 彼女は思い出の水たまりに来ていた。 身を投げるつもりだろうか。 僕は話しかける。 「外の世界は幸せかい? 」 「あのときのオタマジャクシさん? 」 「そうだよ」 「外の世界は綺麗で、 水たまりみたいに汚くなくて素敵よ。 でもこれは個人的なことだけど、 血が吸いたくて仕方ないの。 自分でも来るってしまいそうなぐらい血が欲しいの。でも、 あなたでは駄目ね」 僕の思っていたことを口にする。 僕の血でも良いのならどれだけでもあげるのに。 けれども、 外の世界が素敵という言葉に僕は救われたのだった。 僕はこの蚊を楽にしてあげなきゃいけない。 「血は美味しいかい?」 「血は美味しいわ。 飲めば飲むほど欲しくなるの」 「それで苦しんでいるんじゃないかい?」 そう僕が口にしたら、 彼女は泣いた。 自分は血を吸うのが下手で、 仲間も血を吸いたい一心で殺されて彼女はつらいらしい。 僕は彼女の仲間を救うことはできないけれど、 彼女だけなら救うことができる。 食べちゃえば良い。 僕は彼女に襲いかかる。 彼女は何をするの? と僕を不審に思ったらしい。 でも蚊は弱いからすぐ僕の胃袋の中で、 彼女はあまり血を吸わなかったみたいでジューシーな味はしなかった。 僕は彼女を救った。 でも、 僕は彼女を失った。 良いことなのか悪いことなのか、 今の僕には何も分からない。 そんなとき、 僕を蛇が見ていた。 蛇は僕を食べようとしている。 でも不思議と怖くは感じなかった。 だって、 僕は彼女と一緒だから。 だから蛇に食べられたって怖くなんてないのだ。 蛇がやってくるけれど、 僕は抵抗しない。 彼女に優しくささやきながら、 そして首を締めるように。 そう、 彼女は今までの誰よりも優しく殺してあげた。 口の中で噛むようなことは一度しかしなかった。 そんな僕らを蛇が見ている。 今度は僕の番だ。でも君が居る。 だから怖くなんてないんだ。 君はもう血を吸う恐怖に怯えなくて良い。 僕はそれだけで幸せなのだ。 僕が外の世界が良いと教えてしまったせいで、 彼女は苦しむことになった。 こうやって救ったのなら、僕はここで死んでも良い。 もうそんな僕は蛇の腹の中。 徐々に胃酸で溶かされていくのだろう。 君と一緒に。 彼女と一緒なら何も怖くないから。 だから僕は僕達は幸せなんだ。
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