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それ以来、シロのことを考えるクロの時間がふえた。
もちろん、暇をみつけては逢いにも行く。
胸が幸せでいっぱいだった。
せつない想いも胸に同居し、ごはんがおいしくても食べられる量がへった。
「恋煩いだねェ」
どっかおかしいのかな、と、診察を申し込んだ知り合いの医者である三毛猫からそう診断をくだされ、複雑な想いにかられた。
「性嗜好や性自認、そう云う悩みにものってあげられるから、よかったらまた来なよ」
「ん、あんがと」
ふらふらと医院をでる。
おなかがすいていた。
このあと予定ないし何か食べようか、と、道の向かいの店が気になったら、横断歩道も見当たらなかったし車の往来も少なかったので、渡れる、と判断して左右を確認。
道路を渡るべく歩を進めた。
見落としがあった。
栄養不足で弱り気味だったのがいけなかったのかもしれない。
夕暮れ時のほの暗さもいけなかったかもしれない。
すぐそこの角から、急いでいる感じの大型車がスピードを落とさず曲がってきた。
クロに一直線。
運転手が驚いた顔をしている、と、認識するのと、体に大きな衝撃を受けるのとほぼ同時だった。
宙を飛ぶ。
地面にたたきつけられる。
痛い。
苦しい。
視界のピントがあわなくて、集まってきた人々の顔がボヤけた。
一瞬でもうだめだとわかった。
それくらいの激痛。
周りがあわてふためくなか、ただクロはシロに逢いたいとだけ思った。
死んじゃうのかな?
俺。
また待ちぼうけの一生だったかな?
え?
あれ?
私、何を待ってたの?
転生を待ってた。
そう。
まちがえてあの人とまじわれない生き物になっちゃったから、自殺したら罰として転生できないから、生まれ変われるのを待ってた。
あの人のそばで。
すぐそばで。
クロは空を飛んだ。
ぼろぼろの体から抜け出て空へ飛翔し、まっすぐにシロのもとへ飛んだ。
塀、砂浜、水平線、と、眼下に見えたいつもの光景。
そこにたしかにシロは居た。
クロの逢いたかった、愛しい姿で。
すとん、と、空から落ちて隣に座る。
シロはかつてないほどやさしいまなざしで、クロを見た。
抱きしめてくれる。
ぎゅ、てして。
「待ったぞ」
「魂透明?」
「もちろん」
シロとクロは抱きしめあった。
ごめんね。
待たせたね。
確認するけど、おまえ美黒だよな?
うん、そう。
さみしくなかった? ごめんね、白雨さん。
いいさ、しかしあいかわらずかわいいんだからよ、まいるぜ。
えへへ。
残してっちゃって、ごめんね。
いつかヒトとして生きていた日々がふたりの胸に去来する。
ちょっとしたエリートとして働いていた白雨と、職場が同じで寿退社できた美黒。
だが幸せは長くなかった。
美黒の体が病魔にむしばまれていて、気づいたときには手遅れだった。
白雨は美黒の最後の笑顔を思いだす。
いつかまた必ずね、と云う言葉と、その今際の際の笑顔だけを胸に、白雨は天寿をまっとうした。
美黒以外の妻もめとらず、子供も居ない人生だったが幸せだった。
いつか逢える。
また逢える。
信じる心は奇跡を呼ぶと信じてた。
綺麗ごとでもいいさ、と、自分に言い聞かせていた。
そうでもしなければ狂ってしまうところだった。
やっと再会できたふたりは、互いのぬくもりを感じあってここに居た。
魂のかけらとしてここに居た。
そろそろ夕闇がせまる。
ふたりは立ちあがった。
もう私達、ヒトでも動物でもないね、やっと解放されたね。
行っか。
うん。
手をつなぐ。
ふたりの踏みだした一歩は、ふわりと宙をとらえた。
あのそり立つ大きな雲や、海に溶けゆく夕日を眼下に、世界が橙色に染まる美しくも荘厳な景色のなか、ふたりは行く。
別れも終わりもない、永遠のやすらぎの世界へ。
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