しろいカラスとくろいネコ

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 白いカラスがずっと待ってた。  大好きな子をずっと待ってる。  なんべんもなんべんもくりかえした転生の途中、であい、はぐれてしまった愛しい子をずっと待ってた。  ここからは海が見える。  空も見える。  あの子は言ってた。  空の青。  海の青。  地球の青が大好きだ。  て。  だからここに居れば、きっとあの子とまた巡り逢える。  そう信じてる。  今日も晴れた日で、塀の上に乗っかって遠い横顔のカラスに黒いネコが呼びかけた。 「おーい、シロ。菓子喰わん?」  優雅に身をしならせて、ゆうゆうと細い塀の上を歩いてくる。 「ああ、おまえか」  シロと呼ばれた白いカラスは、ぶるる、と、身を震わせた。  まっ白い羽根についていた朝露がきらきらととびちった。 「朝ごはん、食べた?」 「菓子持って来たんじゃねェのかよ」 「一応訊いたんだ。健康を思ってね」 「喰った。喰って、ここに居ンだよ」  黒いネコのクロは、シロの隣に落ち着いて菓子の包みをひらいた。  お手製のみたらし団子だった。  白玉粉と麺つゆで作れておいしい、お手軽スイーツ。  串にささった丸いのを横喰いでぐい、と、やる。  もちもちした食感と、タレの甘辛いのがよかった。 「うまいな」 「ありがと」  ほめられて、クロは本当に嬉しそうだった。  綺麗な笑顔だとシロは思った。  朝の澄んだ空気に映える、ビロードのような黒い毛並みも。  あの子を待ちすぎて時間に奪われた、自分にはすでにない黒い色。  カラスの濡れ羽色。  なつかしくないとか、もういちど真っ黒になれなくていいとか、そう云ったら嘘になるけど、これでもいいと思う。  クロがいつか褒めてくれたからだ。 「カラスは、濡れ羽色じゃなくても綺麗なんだね。シロの羽根の色、俺は好きだよ」  そのひとことはハート形の矢尻でもって、とす、とシロの胸に刺さり今でもとくとくと拍動を刻んでいる。  あの子への想いに拍車をかけるかのように。  団子を全部たいらげ、ふたりは塀の上、のんびり海をながめた。  潮騒の音がさァさァ、潮の香りがぷんとする。  風はややべたついた。 「ね、シロはなんでいつもここなの?」  クロが訊ねると、シロは答えてくれた。  ずっと、待ってんだ。  好きな女のこと。  なんべんお日様が昇っても沈んでも、あいつのことが忘れられん。  ただ、な。  待ちすぎたかもしれねェ。  名前を忘れちまったよ。  でもまた逢えたらわかる、て、わかってっさ。  あいつの魂の透明さはめったにねェ。  その綺麗な魂を、もいちど、ぎゅ、てして、こんどこそ離さねェ。  全部聞いて、クロは首をかしげた。 「シロ。自分からさがしには行かないのか?」 「あ」  その手があったか、と、云う顔をシロはした。  ハトが豆鉄砲をくらったような顔だった。  カラスだけどさ。 「魂見ればわかるんデショ?」 「や、言ってみたけど、そもそも魂、て、どう見りゃいいんだか」 「にゃはは」  おまえらしいねェ、と続けて、クロは立ちあがった。  シロが訊ねると、そろそろ仕事、と、歩きだす。 「おまえも遅刻するんじゃないよ」 「ああ、適当なところで切りあげるさ」  そんな昼も、夜も、シロは時間さえあれば塀の上から海を空を見ていた。  月が居る夜のこと。  光り虫が群青の海面できらめき、宝石のさざなみのような圧倒的な光景と月光の下、今夜もシロは居た。  すげー綺麗。  百万ドルの夜景とか、て、物があるらしいけど、これはその何倍にも匹敵するだろう。  隣にはクロが居る。  今日も夕飯を作ってきてくれて、うまい豆腐ハンバーグだった。  蓮根のきんぴらやキャベツの浅漬けに、ごはんは雑穀米でのお弁当仕立て。  たっぷりの大根おろしのかかった茄子の素揚げもついていて、大満足でたいらげた。  食べながら思った。  なんで、こいつはいちいち俺の好みを知ってんだろう?  言ったことあったっけ?  ま、うまいからいいか。  たぶんいいんだろう。  シロはクロの横顔を見ていた。  様々な光のもと、とても神秘的で澄んだ横顔だった。 「ね、シロ」 「ん?」 「俺がこうやっておまえの横に居て、どのくらいたつんだろね?」 「さァ」 「うん、俺もおぼえてない。でも、うれしいからいいや、て」 「そうか」  ちら、と、交わした視線。  その些細な仕草に、ふたりは何かの予感を感じた。  なんべんもなんべんも太陽が昇り沈んで、潮が満ちて引いて、月が空を行って。  あの子はあらわれない。  まだ。 「シロー、今日の夕飯にはバナナムースのデザート!」 「まじでか!」  メインはマルゲリータ風パスタ。  どちらもシロの大好物、そしてもちろん、クロの手作りだ。  モッツァレラチーズとトマトのコンビが織りなすほんのりしょっぱさ甘さから、バジルのうっとりしてしまう香りとちょうど良いゆで加減のパスタ。  バナナムースのコクのある甘みにはメープルシロップの隠し味が絶妙で、そこへ砂糖を加えていないホイップクリームのさっぱりふわふわ! 「あー、うめェ」 「デショ?」  ふたりはいつもどおり塀の上で夕飯のひとときをすごし、食事がすむと一緒に海を見た。 「ね、マジであきらめないんだね」 「あいつのことか?」 「そ。しつこい男はきらわれるよ、て、言いたいな。ストーカーとか」 「純粋な想いを犯罪扱いするなよ」 「たはは、おまえが純粋て!」  クロは腹をかかえてげらげらと笑った。  涙目にすらなっている。  それだけ、シロに似合わない言葉だったんだ。  おおげさな笑いになんのツッコみもないな、と、我に返り疑問に思ったクロはシロの様子をうかがった。  神妙な顔をしていた。  ちょっとまじめに話すぞ、と、ひとつ置いてしゃべる。 「ま、あれだ。今はなんかさ、あいつを待つのもいいけど、おまえとメシ喰って駄弁るのもいい。あいつはいつか来てくれる、て、確信を持ってるからの余裕なんだろうけどよ」 「は?」  クロはなんだか身の危険を感じた。  えーと、このシロさんはオスで、俺もオス。  菊の花の危機かしら。  て、え?  俺そっち?  あああやだやだ!  考えちゃうよまんざらでもないて思っちゃう俺が居るよ! 「どうした? クロ」  なんだか身もだえしだした親友を心配して、シロは身を乗り出した。  クロは反射的に飛び退く。 「や、なんでもないない、ははははは! と、あーあー、俺明日早いから、今日はそろそろおいとまするわ」 「ん、そか」  夕食の空容器を片手に帰り道、ちらりとふりかえった親友の体は、世界のすべての希望を象徴するみたいに光って見えた。  綺麗だった。
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