ねこの劇場

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ねこの劇場

ここは町外れにある、古びた映画館。 昔は、にぎわっていた映画館ですがいまは別の施設ができて ここは閉店してしまったというはなしです。 だれひとり、このホールにはいません。 一匹をのぞいては。 「んー、きょうもよく眠ったわぁ」 野良ねこはたくさん寝たにもかかわらず、 おおきくあくびをしました。 ホールに並べられているイスのど真ん中に野良ねこはいました。 てくてくと歩く音でさえも、 ここの空間ではひびいて聞こえるようです。 野良ねこはこんな広い会場で、一匹ですごしていました。 でも、野良ねこは全然さみしくありません。 ここには、実はたくさんのひとであふれているのです。 スクリーンのうらに行きます。 そこにはいくつもの箱が積みかさなっています。 何箱かくちが開いてあり、床には冊子が散らかっていました。 それは映画のパンフレット。 野良ねこはおもむろに一冊抜きとって、器用にページをめくります。 「これはアクション映画ね! この俳優さんは知ってる!」 野良ねこは写真をみてはうっとりとしています。 けれど、パンフレットに書かれているあらすじを見られるだけで、 実際の映画は見たことがないのでした。 「こんなかっこいい主人公に飼われるなら…」 と、途中でことばをつまらせました。 ぱたん、とパンフレットを閉じてつぎの作品にうつりました。 「これは、恋愛映画っぽいわね」 女優さんの色っぽい表情の写真ばかりあります。 切なく主人公をみつめるシーンでは、 野良ねこもいっしょになって悲しみました。 こんなことをしては、一日つぶれてしまうのでした。 いつか、これらの本の映画を見られたら… ぽっと明かりがつくように願っては、 すぐにその光は消えてしまうのでした。 いつものように、 ダンボールからパンフレットを取りだして見ていたら、 会場からおおきな音がきこえてきました。 野良ねこは、倉庫からとびだして会場へ走りました。 とびらをあけると、いつもの暗い会場がほんのりと明るく、 照らしているのはスクリーンでした。 野良ねこははっとします。 「画面に、ひとがいる!」 声と、音楽と、映像が ”映画” そのものでした。 なんで動いているのか考えるのもわすれて、 画面に見入ってしまいます。 「あ! あの女優さん!」 きらきらした目をして、映画に引き込まれているときでした。 がしゃり、と音をたててふたたび真っくらになってしまいました。 「なんで、どうして…?」 夢から現実にもどってきたように、ころっと表情がかわりました。 あたりをきょろきょろとしていると、 階段のうえのほうからなにかが降りてくるのがわかりました。 それは、おなじ ねこ でした。 そのねこが、はなしかけます。 「ふほうしんにゅうって知っているか?」 思ってもいないことをいわれて、野良ねこはびっくりしました。 「ふほう、しんにゅう?」 「許可なく勝手にはいることだよ」 「ふーん」 「そんなことも知らないのかよ」 野良ねこはむっとして、返しました。 「あなた、飼いねこでしょう? においがちがうもの。  野良ねこはどこで何をしてもいいの」 そういって、飼いねこがいなくなるまで外出しようとしたときです。 野良ねこのまえに、飼いねこは とおせんぼしてみせました。 「なぁ! おまえ。 映画すきなのか?」 「どうして?」 「あんなきらきらした目でスクリーン見てたじゃないか」 飼いねこに、あんなところを見られていたのが 恥ずかしく思いました。 「べ、べつに好きでもきらいでもないわよ!」 ちょっと強がってしまい、うそまで言ってしまいました。 「そっか」 飼いねこが落ちついたところで、ふたたび歩こうとしたら、 「さっきの映画、みないか?」 「え?」 「機械をうごかせても、ひとりで見ていちゃさみしいし。  だれかと感想言い合ったほうがいいだろ」 なんだかストレートに誘う飼いねこね… と、呆気にとられましたがまた拗ねた口調でいいました。 「ひまだからいいわよ」 「素直に わたしも見たいって言えばいいのに」 野良ねこが聞こえないように、飼いねこはつぶやきました。 慣れた手つきで、飼いねこは映画のセットをしています。 なんだか管理人のような手際のよさでおどろきました。 おもわず聞いてしまいます。 「どうしてそんなに詳しいの?」 「とりあえず、はじめる準備できたから見ようぜ」 「う、うん…」 はぐらかされた気がしますが、画面に映像がうつると 野良ねこは夢中になり映画を見るのでした。 「やっぱりこの女優さんはすごい!  写真でみたときもしょうげきを受けたけど、想像いじょうだった! ものがたりもただ甘い恋愛ものじゃなくて、  だれもがかんじたことある…って、ごめんなさい。  映画のことになると、こうなっちゃうみたい」 「好きなんだね、映画」 「うん。 じつはね、画面のむこうにある倉庫から  パンフレットをながめていたの。 何冊も、何冊も。  たくさんの作品を知っているけれど、  映画っていうものをはじめてみた…」 「いいもんだろ? おれも大好きなんだ」 飼いねこがほほえみます。 あ、このねこも 本当に好きなんだ そのかおを見たら、うそをついているようには見えませんでした。 飼いねこがまた、提案します。 「あしたも見ようぜ!   好きなパンフレットから選んでおいてくれ」 返事をまたずに、部屋をでていってしまいました。 次の日も、次の日も 毎日二匹は映画を見つづけました。 ひとつの映画を見終わっては、感想を言いあい、 解釈がちがうとしばらくの間 ちいさな討論会がはじまるのでした。 その話し合いがおちついたときに、 野良ねこはずっと聞きたかった話を切り出しました。 「ねぇ、飼いねこさん。 あなたはどうして映画にくわしいの?」 「それはお互いさまだろ」 「いいえ。 あなたは、この機械で映画を見させてくれるし、  なにか不具合があればすぐに直せる。普通のひとはできないよ」 そういわれて、飼いねこはどう答えようか迷っているようでした。 それでも、ゆっくりと言葉をつないで語りました。 「ここの映画館はさ、数年前に閉めたんだよ。  館長がよく体調をくずすようになって、  上映がむずかしくなったんだ」 「それと、なにが関係あるの?」 「…おれは、映画が大好きだった館長に飼われていた  ねこだったんだよ」 野良ねこは、おどろきましたが納得できる点が何個もあったので 機械をあつかえるのもふしぎに思わなくなりました。 「きみが映画好きでいてくれて、よかったよ」 「どうして?」 「ここで、映画三昧の野良ねこ生活をおくれるからな!」 ふっきれたように ふるまうねこですが、 泣くのをがまんしているようにもみえました。 らしくない言葉で、ねこは聞きます。 「いっしょにいてもいいかい?   野良の生きかたをおしえてくれよ」 「いいよ。 でもそのかわり、たくさん映画をみさせてね!」 「あぁ!」 この町に、へんなうわさが流れてきました。 町外れのつぶれた映画館のなかから、 いまだに映画を上映しているかのような音が聞こえるという。 映画が大好きだった館長のしわざか、 どこかに消えてしまった、館長の飼いねこのしわざか、 ただのいたずらか… 町のひとにはわかりませんでした。
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