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「……ああ、あんたか」
彼は落ち着き払った様子で言った。
「高坂いつかさん、だっけ」
何も起きていないかのように傘をくるくる巻いている。
怒りで目の奥がちかちかした。
「返して」
「返してっていうか、俺のだし」
「盗んだでしょう! 」
わたしは叫んだ。
タガが外れて、お腹の底から大声が出た。呼吸が乱れる。
他の生徒が怪訝な目でわたしたちを見ながら校舎へ入ってゆく。
「ひとを泥棒扱いかよ」
千種公仁の目に、はっきりと苛立ちが浮かんだ。
「……泥棒じゃないの」
その剣幕に少し押されながら言い返す。
「盗んだのはあんただろ」
「なに言ってんの、そっちでしょ!」
「じゃあさ」
かつん。かつん。
彼は傘の先で地面を叩きながら言った。
「その傘、どこで買ったんだよ? 言ってみろよ」
「――っ」
……あれ?
どこで買ったんだっけ。
記憶を掘り起こそうとしても頭の中が空白で、わたしは焦った。
雨がわたしをあざ笑うように強さを増してゆく。
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