第1節 一目惚れ

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第1節 一目惚れ

四月。南側の窓から春の柔らかな日差しが差し込む午後。事務用のキャスター椅子をキコキコ揺らしながら秋穂はうたた寝をしていた。背中に当たる日差しがポカポカと温い。 高校3年になり、受験勉強が本格化してきた頃の束の間の休息。秋穂の他には誰もいない図書室は、お気に入りの場所だった。 本の芳ばしい匂いが漂う古めかしい図書室。訪れる生徒は殆ど固定化しており、飢えた本読みばかりだ。そんな閉塞的な環境でだけ、学校で唯一息がつけるのだ。 司書の先生はいつも書庫にいて何をしているのか本当のところは知らない。本人曰く、仕事、らしい。 「あら、花房さん、丁度いいところに。ちょっとカウンター任せてもいいかな?それじゃあ私は書庫にいるから宜しくね。」、といった様子でそそくさと書庫に引っ込んで行ってしまう。代わりに秋穂がカウンターに座って来た人の対応をする。  とは言っても、図書室に来るのは勝手知ったる常連ばかりで、代理の秋穂が寝こけているのも珍しくないので、大体の人はそっとしておいてくれる。  だから、油断していた。
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