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俺と間男と間男②
つい絆されて「俺は」と余計なことを口走りそうになったとき、インターフォンの音が鳴った。とたんに微笑をひっこめて真顔になった優男が玄関のほうを振りむきつつ、出迎えにいかないでいると、インターフォンの音が絶え間なく鳴りつづけた。
深夜にインターフォンを鳴らすとすれば、身内か恋人だ。しつこく鳴らしつづけているあたり、気性が荒いという優男の子猫ちゃんなのだろう。
口説かれはしているけど、一線を越えたわけではない。それに普通なら男が男を家に泊めたくらいで、浮気をしたとは見られないはずだ。と、思いつつ、インターフォンの音が鳴りつづける中、固唾を飲んでいると、ため息一つ「ここで待っていて」と俺の肩を叩いて優男が玄関のほうへ歩いていった。
鍵と扉が開かれる音がして、つづけて耳に飛びこんできたのは「なんで、お前電話にでないんだよ!」という男の怒鳴り声。まるで子猫ちゃんのイメージではなく、そもそも男とも思っていなかった。
優男の恋人が男で、頭に血が上りやすいタイプならば、俺と浮気していると誤解して暴れる危険がありそうだったけど、俺は不安になるより、呆気に取られていた。だって、男の怒鳴り声に聞き覚えがあったから。
「ふざけんなお前!部屋を見せてみろ!」と一段と声を張り上げ、騒がしく物音や足音を立てて居間に乗りこんできた男は、俺を見止めて一瞬、鬼のような形相になったものの、その後は一言も声を発せなくなった。そりゃそうだ。優男の言う子猫ちゃんは、俺の恋人でもあるのだ。
すこし遅れて、優男が肩を押さえながら居間にきて、黙りこんでいる俺と子猫ちゃんの顔を不思議そうに交互に見やった。「え?知り合い?」と言ったのに、我に返ったらしい子猫ちゃんは「しばらっくれんな!」とまた俄然、吠えだす。
「お前らのほうが先につきあってたんだろ!で、それで、二人して結託して俺を弄びやがったんだ!」
その言い分を聞いて優男は目を見開き、現状を把握したらしい。それてにしても、その発想が貧困で可笑しかったのか、笑いそうになって咄嗟に口に手を当てたのを、子猫ちゃんは聞き逃さなかった。「なに笑ってやがるんだ!人をこけにしやがって!」と拳を振りあげて、対して優男は逃げる間もなく目を瞑って身を固くした。
でも、子猫ちゃんの拳は振り下ろされることはなかった。俺がその腕を掴んだからで、振りむく暇を与えないで膝の裏を蹴り、床に跪かせた。掴んだ腕は背中のほうに捻じ曲げ、肩を掴んでそのまま上体を床に伏せさせる。
殴ろうとしていたのが、いつの間にか床にうつ伏せにされ唖然としている子猫ちゃんに「これ以上暴れたら、逮捕する」と静かに言い渡した。「・・・は?なに警察みたいなこと」とまだ困惑しているようながら、子猫ちゃんが噛みついてきたのを「警察なんだよ」と返す。
「好きな相手には警察と名乗ったら逃げられると思って、職業は警備員だって嘘をついているんだ」
二度目の衝撃を受けた子猫ちゃんは、でも、開き直ったのか「はっ!捕まえられるもんなら捕まえてみろよ!」と喚きたてはじめる。
「そしたらお前の同僚に、こいつはゲイで乱暴にされて殴られるのが趣味の変態だって証言してやる!」
優男が何か言いかけ身じろぎしたのを目の端に留めつつ「証言したければすればいい」と床に押さえつける力を強めて言った。
「俺のことは本当だからな。でも、そんな変態でも、警察官として人に暴力をふるう犯罪者を放ってはおけないんだ。俺の恋人なら尚更、進退を懸けても逮捕してやる」
子猫ちゃんの体の力が抜けていくのが、掴む腕から伝わってくる。それでも俺は力を緩めずに「もう二度と俺と彼の前に姿を現すな」と言い、子猫ちゃんが悔しげに床に頭突きするのを、肯いたものと見なして腕と肩から手を退けてやった。
「警察」と聞いて十分に怯んだのだろうし、それまで暴行される側だった俺に、いとも簡単に組み伏せられたことで、すっかり戦意喪失したのだろう。さっきまで血気盛んだったのが嘘のように、力なく起き上がると俺と優男の顔も見ないで、すごすごと猫背で立ち去っていった。
玄関のほうから扉の閉まる音が聞こえて、俺はため息をついて背後にあるソファに座りこんだ。脱力しきって頭を深く俯けたままでいたら、ひそやかな足音が近づいてきた。そのつま先が見えるところで足音がやんだけど、俺は顔を上げないまま、また、ため息をして言う。
「俺は警察だよ」
優男は何も言わずに佇んでたものの、少しして、しゃがみこん握りしめている俺の両手に触れた。「ふふ」と微かな笑いを旋毛に吹きかけるようにし「裏切るには早すぎるでしょう」と手をさすってくる。
優男の言葉に握る力が緩んで、ほどけた片手を持っていかれた。のもつかの間、指先に生ぬるく濡れた感触がした。「っ」と思わず上げようとした顔を留めて、奥歯を噛みしめ固く目を瞑っているうちにも指先から指の股まで隅々濡らされて、それを一本一本丁寧にやられていく。
指が終われれば手の甲と掌を、Yシャツの袖から舌が届くまでの手首を舐めつくされる。右手が終われば左手を。
手に唾液を塗りたくられ、これで終わりかといえば、そうではなく、今度はYシャツをしゃぶるように舌を這わせだして、腕の付け根まで舐めていこうとしながら、ボタンを外していった。腕の付け根までいったところで、すべてのボタンを外し終えてYシャツを脱がされて、俯いていることで晒されているうなじに舌を滑らされた。
猫が毛づくろいするような舌遣いで、時々食むようなことがあっても、やんわりと唇を押し当てるだけで、すこしの痛みも感じさせなかった。愛撫というには、ひどく、もどかしげなもので、でも、気づかされたことがある。
比べて子猫ちゃんの触り方が痛かったということ。例えるなら亀の子たわしで擦っているようで、そもそも愛撫はおざなりだったし、後ろを、ろくにほぐしてもくれないで、とにかく早く突っこみたがっていた。
子猫ちゃんに乱暴に抱かれて気持ちよくなくても不満はなかった。気持ちよくなるほうが不安で怖かったから。
俺は今、猛烈に不安になり怖がっていた。優男の愛撫を物足りないと思う一方で、どうしても子猫ちゃんの愛撫と比べてしまって、対極に申し訳ないほど優しくされていることを意識せざるをえなかったからだ。
無言なのは同じでも、子猫ちゃんがムードもへったくれもなかったのに対し、時折、口づけを落とし、絶えずぴちゃぴちゃと水音を立てる優男は、確実に俺を昂らせている。うなじを舐めつくされて、すっかり熱く息の上がった俺は、優男が肩甲骨に舌を滑らせたのに合わせて、俯けていた頭をソファにもたれて首をそらした。期待するように首筋を伸ばして。
何も言わずに首の付け根から顔の輪郭まで舌を滑らせたのに「はっ」とつい安堵のようなため息を吐く。口づけを交えながら、ぴちゃぴちゃと舐めつくされたら、インナーの襟ぐりまで覗く胸と脇にも舌が滑っていって、忙しなく脇に抜き差しされては堪らずに「は、あっ・・・ん」と湿った声を漏らして腰を揺らした。
インナーの襟ぐり付近を舐められて、傍にある胸の突起がすっかり反応していたものの、脇を丹念に舐めつくした舌は、もう片方の腕に這っていった。敏感なところを舐められた後では、Yシャツ越しの舌の感触はじれったいもので、そのせいもあって胸の突起がインナーに擦れるのをやけに感じてしまい、上体をくねらせるのが止められなくなる。
手首のあたりを舐められるころには、熱を帯びた腰の中心部分も固くなって、張りつめた布に擦れるたび「は、ん・・・あ、あ」と喘ぎが漏れてやまなかった。
腕を舐め終えた舌は肩のほうへ滑っていき、その間にインナーを両手でまくりあげられた。突起にインナーをひっかけるようにされ「う、んっ」と胸と腰を揺らす。
肩まで舌がきて、肩甲骨と胸の谷間を滑っていき、ついにまくられたインナーを超えてきたものの、乳輪の外側の触れるか触れないか際どいところを舌先が掠めるだけで、張りつめた中心は濡らしてもらえず。両方ともぴんと立つ突起を尻目に、胸の周りを舐められ、しゃぶられ、口づけを落とされ、濡らされるのが妙に恥ずかしくありながら、胸を突きだし強請りたくてたまらなかった。
さすがに、その一線を越えることはできないで、代わりに下の張りつめているのを盛んに布に擦りつける。布に擦るだけでは刺激が足らなかったけど、胸の突起が舐められるのを想像すると、先走りが漏れてきて、まだ舌がきていないのに股が濡れていった。
胸を舐めつくされ股がぐしょぐしょになったところで、下りていった舌にへそを舐められて「あ、ん」と腰を跳ねた。熱く張りつめているものまで、もう少しなのを、へそに舌をねじこまれて執拗にしゃぶられて、お腹を引きながらも腰を突き上げるのがやめられない。
パンツだけでなく、ズボンにまで染みてきそうに股が濡れて、微かに水音も耳につき、羞恥心で顔が燃えるように熱い。恥ずかしく無様な姿を、いっそ嘲笑ってくれたほうが気が紛れるところ、優男は黙りこんで表情も変えずに、ひたすら舌を滑らすから居たたまらなくてたまらなかった。
いい加減、へそをしゃべるのをやめて滑っていった舌は、でも、ズボンのベルトの金具に行き当たって横にそれた。そのままズボンの上を滑っていって、合間に靴下を脱がし、素足に舌を這わせる。
お預けを食らった状態で、抵抗を覚える足をこれでもかと丁寧に舐められて、体が火照ってしかたないと同時に背筋に悪寒が走ってやまなく、頭がどうにかなりそうだった。時間をかけて一つ一つの足の股をしゃぶられれば、もう恥もへったくれもなく、「あ、あ・・・は、あ、あん、あぁ・・・」と水音を立たせるのを憚らないで腰を揺らめかした。
やっと、すべての足の指先を舐めきって、ズボンのベルトに手をかけたから、今度こそ触ってもらえると思いきや、指先を離れた舌は足を伝っていくことなく、濡れた股を飛び越えて胸のほうへいき、突起を舐めあげた。てっきり放置されたままでいると思っていたし、濡れた股のほうに意識が向いていたから驚いて「ああっ・・・!」と甲高く鳴いてしまう。
一舐めされただけなものを、散々焦らされた挙句、不意打に腫れたような熱いそこを舌で濡らされては、体がどうしようもなく喜んでしまって、射精するのを堪えられなかった。
思えば、射精するのは久しかった。子猫ちゃんの愛撫は痛いほどだったし、慣らされずに突っこまれて突かれるのを毎度「早くイってくれ」と苦行に耐えるように思っていたし。
日ごろのセックスがそれでは、自慰をするのも気分が乗らず、すっかりご無沙汰になっていた。なので、久しぶりの射精、しかも、これでもかと昂らされ痛みのない愛撫を施されて達したともなれば、頭の意識が飛びそうに快感に痺れるというもの。
熱く息を切らし涎を垂らしっぱなしにして、ソファにぐったりともたれる姿は、さぞみっともないものだろう。が、優男は別に驚いたようではなく、ベルトを外す手を止めないでジッパーを下ろしお目見えした、濡れそぼったパンツに指をかけた。
パンツがめくられ濡れた粘着質な感触がするのと、ぐちゃ、と水音が立ったのに「っあ・・・」と冷めやまらない体を震わせた間もなく、剥き出しになったそこに固いものが押し当てられた。息を飲む暇も与えてくれないで、とたんに濡れたそこを固いので容赦なくぐちゃぐちゃに扱きだし、両手で胸を揉むようにしながら指で突起をいじくり回した。
「ああ、あ、だ、めえ、は、はぁん、あ、あ、あぁん」
待ち望みながらもずっと放置されつづけたところを急に、しかも同時に扱かれ揉まれて怒涛のように快感が湧いてくる。溜まりに溜まった精液をさっき出したばかりのはずが、腰を跳ねるたびに先走りが噴き出してソファに散った。
ソファを汚すことを気にしている余裕はなく、短い間隔で何度も達しているようで、絶え間なく先走りが散るのも、あんあん高く鳴くのも、とても制御ができない。快楽を処理できるキャパはとっくに超えて、気持ちよくされるのが怖いという思いは頂点に達し「ああ、あ、あ、ん、あん」と喘ぎながらも泣いてしまう。
「・・・怖いんですね」
それまで俺からすこし体を放し、狂ったように善がる姿を眺めていたような優男が、頬ずりをするように耳元に顔を寄せてきた。そう、怖い。だから止めてくれ、と言いたくて、泣きながら首を横に振ると「ふふ」と笑いを含んだ吐息が耳に吹きこまれる。
「こうして、あたなをとことん気持ちよくしている僕が、明日には冷たく突き放すかもしれない。『は?セックスしたくらいで何、本気になっているんですか?』ってね」
「あ、そん、な、ああ、や、やあ」
意地悪なことを囁きつつも、胸と濡れた股を気持ちよくしてくる。怖いという思いは消えないのに、かといって萎えることなく、股をしとどに濡らす。それを見咎めたように、水音を立てるように扱いてきて「ほら」と言われた。
「でも、怖いのは気持ちいい、でしょ?」
ただでさえ火照っている顔が、かっと熱くなる。自覚はないけど、図星のように思えて優男に心の奥底まで見透かされているように思えて、余計に怖かった。これ以上心を暴かれたくなくて、悪魔のような囁きから逃れようと顔を伏せるも、優男は舐め上げた耳の裏に唇を押し当ててくる。
「あなたにとってセックスは、最後の晩餐のようなんですね。明日はどうなるか分からない。今この時にしか気持ちよくなれないかもしれない。だから、体が快楽を貪り食おうとする」
「たまらない体だ」と言われて「や、やあ、あぁん!」と俺は射精せずに達した。脳みそが溶けそうなほどの甘い痺れに、指の先も動かせない状態になったけど、優男の手と囁きは留まることを知らないで、その後も快楽の底なし沼に溺れさせられつづけたのだった。
※ ※ ※
夢も見ずに泥のように眠って、このまま起きれないかと思ったけど、漂ってきたその匂いに反応しないでいられなかった。薄く目を開ければ、昨夜、見上げたのとまた違う見慣れない天井で、横たわっているのはベッドのさらさらのシーツの上だ。
心身、疲弊しきっては指の先を動かすのも億劫だったものを、香ばしい匂いがしてくるほうに何とか顔を向ける。視線の先には扉の隙間があって、カーテンが閉め切られた薄暗い室内に、そこから眩い明かりが漏れていた。
朝の爽やかな日差しを眺めて、ますます起きたくなくなったとはいえ、冗談でなく腹と背中がくっつきそうに極限の空腹になっていたから、布団から這いずりでてベッド脇にあるサイドテーブルに手をつき、どうにか立ち上がってみる。全身気だるくてしかたなく、膝に力が入らなければ腰も痛くて、老人のように腰を曲げたまま、足を引きずっていき扉を開けた。
眩い視界の中で真っ先に目がいったのは、テーブルに並べられた、ご飯とみそ汁、納豆、卵焼きだ。とたんに腹が景気良く鳴って、台所でお茶を入れていた優男が顔を上げ「おはよう」と笑いかけてきた。
「お」と言いかけて、声が嗄れて出てこずに小さく会釈する。テーブルには日本人的百点満点の朝食が両向かいに並べられている。湯呑を片手に優男が片側に座ったので、俺はよろよろとしながら向かいに座った。
気まずいのと空腹で、ひたすら朝食を見つめる俺に、優男は微かに笑いを漏らしつつ「いただきます」と言った。後に続いて、声が出ない代わりにきちんと合掌して箸を手に取る。
まず卵焼きを箸でとり、口に持っていったなら、甘い出汁がじゅわっと口内に広がり、そしたらもう我慢ができずにご飯をかきこんだ。ご飯を口の中に詰めこむだけ詰めこんで、満足げに咀嚼し、途中で我に返って向かいを見やる。
優男のほうは箸を手に取らずに、湯呑に口をつけつつ、こちらを微笑ましそうに見ていた。慈しみあふれるようなその視線がどうにも落ち着かなくて、ご飯を飲みこむと「あんた、いいのか」と所在なく箸をさ迷わせた。
「優しくされるのが怖いというのは、きっと直らない。いちいち怖がられたら面倒くさいもんじゃないのか」
この期に及んで腰が引けている俺に「あたなこそ、分かっていないよ」と優男は湯呑を置いて言い聞かせた。
「優しくされて怖がるなんて、そんな面白い人、中々いません。ずっと傍で見ていたい。だから直らなくてもいいんですよ」
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