俺と間男と決闘①

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俺と間男と決闘①

サプライズでプレゼントをしたくて、彼女には内緒で、隣町のコンビニでアルバイトをしていた。その日もせっせとレジを打っていて、客にレシートを渡し、ふと道路のほうを見やったところ、彼女がいた。 しかも男連れで、そいつは隣町にある高校の制服を着ていた。どうやら、隣町で秘密を持っていたのは、俺だけではなかったらしい。 休憩時間に入ってから、電話をするも、つながらなかったので、ラインで「今、なにやってんの」と送った。つい、画面を見てしまったのだろう、既読になっては逃げられないと思ってか、すぐに「冷たい彼氏に放っておかれているので、家で寂しく過ごしています」と返答され、怒っているキャラのスタンプが押された。「じゃあ、なんで十分前ほどに、隣町で見かけたんだろうな?」と切りこめば「はあ?なに言ってるの?」と食い気味に返ってくる。 「今日はダチのサーフィンにつきあうから、無理だって」「私が会いたいっていうのに、冷たくそう言って」と畳みかけて責めてくるのに、なんとか割りこんで「俺、今、隣町の駅前のコンビニでバイトをしている」と素早く打つ。ぴたりと、彼女のメッセが途絶えたのを鼻で笑いつつ、こうなったらいいやと思って「来週の誕生日にプレゼントしたくて、ひそかにバイトしてたんだよ」とつづけて打った。 それから、彼女からメッセが届くことなく、無視を決め込こむつもりかと思いきや、電話がかかってきた。もちろん、彼女で、でもスマホを耳に当てると「今、彼女は顔色を悪くして、体調が優れず、やりとりができないでいる」と男の声が聞こえてきた。 落ちついた、どこか渋い口調とはいえ、若々しい響きもあるから、さっき彼女と一緒に歩いていた、隣町の高校の男だろう。「はあ!?浮気しておいて、なに、被害者ぶってんだよ!」と相手が、浮気相手ともあって声を荒げるも「落ちついてくれ。話にならない」と向こうは焦るでも動じてもいなさそうだ。 「話にならないのはお前だろうが!人の彼女と浮気しておいて、すこしも悪いと思ってないのか!?」 「信じてもらえないかもしれないが、彼女に彼氏がいるとは知らなかった。だから、今はショックを受けている。かといって、青ざめ震える彼女を放ってはおけない」 「マジ、信じられるか、そんな話!大体、お前、彼女といつから付き合ってんだよ!俺はな・・・!」 「そんな話をして彼女を責めたって意味がない。たしかに、ショックではあるけど、すくなくとも僕は彼女と別れたくない。君はどうなんだ?」 淡々と諭すようなのが、俺の怒りの火に油を注いでいるのに相手は気がつかないらしい。場違いに落ち着き払った態度といい、話し方といい「お前は武士か!」と突っこみたいところを堪えて「別れたくないから、彼女に怒らねえって、それでも男かよ!」と逆の意味でツッコんでやる。 「怒らなかったら、また浮気されるぞ!?足元見られて、コケにされるだけだ!」 「僕は彼女にナめられてもいい」 「さらっと下ネタ入れるな!ボケが!」 「下ネタ?なにを言っている?それより、君はどうしたいんだ。僕は彼女と別れたくない。じゃあ、君は?」 武士っぽいのにマゾでもあるのか。浮気されても、それもプレイの一環と言いかねない相手に、何を言っても埒がなさそうで、しかたなく「俺だって、別れたくねえよ!」と啖呵を切ってやった。「だったら」と応じそうになったのを「言っておくけどな!」とすかさず遮る。 「軟弱なお前みたいに、彼女が好きだから許すんじゃねえ!浮気をしておいて、その相手と幸せになるなんて、絶対させないためだ!阿呆!」 「でも、そしたら・・・」 「黙って最後まで聞け、この腐った浮気男が!俺は俺が傷ついた分、彼女にもお前にも報いを受けてもらわなきゃ気が済まねえんだよ!別れるか、つきあいつづけるかは、その後の話だ!それが筋ってもんじゃねえの?」 相手が武士っぽいので「筋」なんて使い慣れていない言葉を持ちだしたのが、功を奏したようだ。これまで、さも正論をふりかざすように、御託を並べてきた相手は黙りこんだ。そのことに少しだけ胸がすいて、あらためて電話口に彼女を出せと、要求しようとしところ「分かった」と言われた。 「決闘をしよう」 「いや!全然分かってないだろ!」 やっぱり、こいつを間にいれて話すのは無駄だ。学校でか、自宅に待ち伏せをして、直接、彼女を問いだしたほうがいい。そう見切りをつけて、電話を切ろうとしたところ、その気配を察知したのか「君の言い分も分かる」と相手はやや焦ったように言ってきた。 「ただ、僕も不義理をされたのだから、君とは近い立場にある。だったら、君だけが被害を受けたように訴え、無理な要求ができる立場にないんじゃないか?僕の言い分も聞いたうえで、落としどころを見つけるべきじゃないか?」 俺とお前を一緒にするな。似た立場だからって配慮してやる義理はないし、お前のことなんか、どうでもいい。そう言ってやりたいところ、俺は黙って考えるふりをした。 こいつ、思ったより頭が足らないのでは?と思ったからだ。もっともらしいことを言っているようで、理論武装しきれていないし、冷静に話し合おうと持ちかけているかに見せて、唐突に「決闘をしよう」と言ってくるし。 冷静沈着に口では偉そうなことを言いつつ、案外、力に物を言わせるタイプなのかもしれない。「決闘」と言いだすからに、腕っぷしには自信があるのだろう。 が、なんだかんだ、力で解決しようとする格闘馬鹿ともいえる。ぶっちゃけ、浮気を知って気が動転していたし、どっしりと構えた相手に威圧されているところがあったものの、その底の浅さが透けて見えたことで、俺は余裕を取りもどした。で、「私のために争わないで」と彼女が悲劇のヒロインぶれるような状況を長引かせないほうがいい、決闘をするために相手と相対するのにはメリットがあると判断をして「分かった、決闘してやる」と応じた。 やっぱり、端から言葉で説得するつもりはなかったのだろう。俺の言葉を疑うようでなく「じゃあ、決闘の日時は、折って連絡する」と相手はすぐに返答をして「決闘をするまでは、お互いに彼女に会わないでいよう」と提案してきた。肯く代わりに「俺は女には手を上げない主義なんだよ」と言えば「そうか、では」と電話はあっさり切られた。 主義については本当だとはいえ、そんなもの、いくらでも嘘を吐けるし、信じた相手の目を盗んで決闘前に彼女にお仕置をすることだってできる。とは、考えないから「そうか」なんて安請け合いをするのだ。 相手があまりに、ちょろいのに呆れながらも「さて、どう、料理をしてやろうか」と考えると、彼女への怒りや恨みも忘れて、ほくそ笑んでしまうのだった。 ※  ※  ※ 一応、警戒したものの、待ち伏せされるなどなく、隣町の高校の体育館にある道場まで問題なく、たどり着くことができた。木戸をスライドさせると、こちらに背を向けて柔道着姿の男が立っていた。 「精力善用」「自他共栄」と筆ででかでかと書かれた、武道の心得のようなものを見あげている。男でありながら、長い髪を上のほうで結んでいるあたり、やはり武士っぽく、心得を見あげる背中も、妙に雰囲気があって、スポ根漫画の一場面みたいだ。 全面畳が敷かれた室内には、ほとんど物が置いていなく、背中以外に人もいない。一人で待っていることは予想していたものの、その馬鹿正直さにあらためて呆れつつ、物音に気づいているだろうにふり向かない背中に「おい」と声をかけた。 ふり返った相手は、武士っぽく渋い表情をしながらも、顔のつくりは今風のイケメンで、悔しいけど、彼女が浮気をしたのもしかたなく思えた。「よく、きてくれた」と年不相応で仰々しい台詞を吐くあたりは、時代錯誤的とはいえ、いわゆるギャップがたまらないのかもしれない。 「まさか、学校の道場を指定してくるなんてな。女を懸けた闘いなんてしたら、罰が当たるんじゃないか?」 「好きな女性を懸けて闘うことが、邪なことだとは僕は思わない。女性は尊い存在なのだから。とはいえ、学校も社会も、好きな女性のためといって、学生の私闘は認めないだろう。 もし、決闘したことで君が処分を受けることになるのを、僕は望まない。だから、我が柔道部を含め他の運動部が出払ったこの日、より人目がつかない、密室の道場に呼んだのだよ」 「君が処分を受けることになるのを、僕は望まない」というのが癪に障ったものの、人目がないのは、別の理由でこちらにとっても都合がいいので「それは、ご配慮いただいて」と言うに留める。嫌味と気づいていないのか「うむ」というように肯いた相手は「では、決闘のルールについて」と言いつつ、布の袋を掲げてみせた。 「こうなったら、勝ち負けというのはない。相手がギブアップと言ったところで終了だ。僕が最後まで立ちつづけていたら、君は彼女と僕のことを口出しせずに近寄りもしない。君が最後まで立ちつづけていたら、僕のほうがそうする。これでいいか?」 「別にかまわないけど、お前、けっこー嫌な奴だな?聞いたぜ。柔道でインターハイに出場したこともあるって。そんな奴が、帰宅部の俺に決闘をしかけるなんてな」 「君は中学のころ、喧嘩は負け知らずで、高校生の不良も倒していたと彼女から聞いたが。だったら、実戦での強さは君のほうが上かもしれない。でも、君の言うことも一理あるから、僕は右手を使えないようハンデをつけよう」 そう言って、相手は布の袋を右手に被せて、手首に紐を巻くと、片手と歯で縛りつけた。「確認するかい?」と袋で覆われた右手を差しだしてきたのに、首を横に振り「さっさとやろうぜ」とトレーナーのポケットに手を突っこみ、顎をしゃくってみせた。 「分かった」と相手が構えたのに対し、俺は手を突っこんだまま仁王立ちでいた。素人相手として、俺にまず先手を打たせようとしたのだろうけど、俺が不遜な態度のまま動かずにいるのに、苛立ちが募ってだろう、そのうち「はっ!」と勢いよく踏みだしてきた。 インターハイまで行ったことがある力量は伊達でなさそうで、凄みも動きも堂が入っていた。反射的に後ずさろうとしたのを踏んばって、ポケットの中で拳を握りしめた俺は、相手の手がもうすこしで届きそうなところで、腕を振りあげた。
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