金沢

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私は手紙に、詳しいことを書かずにおいた。彼からも、どこのどういった会社を受けるのかという具体的な質問はなかった。入社試験や面接に関するアドバイスが、押しつけがましくない程度に書かれていただけ。 彼はメーカー勤務の営業部員で、私の希望する職種とは少し違うけれど、とても参考になった。 東吾さんは、私のことをわかってくれる。 諏訪さんからの手紙が東吾さんについて教えてくれたように、父が送る手紙もまた、私のことを彼に教えたのだ。 長い年月のやり取りを経て、潜在的に親しみを持つに至り、私は彼にとって身近で親しい女の子になった。今はひとりの女性として、理解してくれているのだと思う。 私と東吾さんは、父親達の作戦にまんまと嵌ったのかもしれない。彼ら男の友情は愛情に近い。だからこそ、私達も知らぬ間に愛情を育くむことになった。 ――なんて言ったら、二人の父はどんな顔をするだろう。 就職先が決まったことを報告すると、東吾さんはすぐに返事をくれた。おめでとうの文字がひときわ大きく書かれていて、私はなんだかとても嬉しくて、涙ぐんでしまった。 でも、どこのどんな会社に決まったのか、そういったことはやはり訊ねてこない。なんとなく察しているのではと感じた。 父に、「私の就職先、諏訪さんに喋ってないよね」と確認すると、 「お前が内緒にしろって言うから我慢してるんだろ。まったく、素直に教えたらいいものを……」 ブツブツ文句が返ってきた。 なにも言わなくても、東吾さんはわかってくれる。 でも、このことは直接私の口から伝えなければならない。彼はもはや私の人生になくてはならない、大切な男性になっていた。 そして今、そのときがきたのだ。
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