私は幸せでした

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 先月。彼女の節目の誕生日に思い切って婚約指輪を送った。  彼女は涙こそ流さなかったけれど喜んで受け取ってくれた。本当に、嬉しそうに笑っていた。 「絶対に、幸せにする!」 「……ありがとう」  伏せられた瞳の下がどうなっていたのか俺には分からない。解らなくなった。  あの時の俺は喜んでくれていると疑わなかったのに……。 「ただいま!……恵子」 「おかえりー。どうしたの?」  どうしたの?って、こっちが聞きたい。  パジャマ姿の彼女はテレビを観ながら寛いでいた。仕事帰りで疲れているのはわかるけど、脱いだ服を座布団の代わりにしているのはどうかと思う。  あと、その口に入れてるの何?お菓子だよね?今から夕飯なのに?というか夕飯は? 「……ご飯は?」 「…………炊いた」  彼女は気まずいときに必ず目をそらす。これは結婚してから知った癖だ。  最初の二週間くらいは先に帰ってくる彼女が夕飯の準備をしてくれていた。だけどここ一ヶ月は僕が帰ってきても何もしていないことが多い。だからご飯を炊いてくれていただけ有難い方だ。  だけど、溜息をつかずにはいられない。 「はぁ〜〜……何食べたい?」 「ハンバーグ!この前の美味しかった!」 「〜〜!!わかったよ!」  そんな風に大好きな笑顔で言われたら作るに決まってるじゃないか!!  愛情込めて作ったハンバーグと味噌汁とスーパーで買ったミックス野菜のサラダを盛り付けて夕飯が完成。並べられた食卓を見て彼女も嬉しそうだ。 「「いただきます!!」」 「美味しい!」  本当に美味しそうな笑顔で食べてくれる。それを見て僕の箸も進む。  お皿が空っぽになるのはあっという間だった。 「「ごちそうさま」」  ふぅっと、ちょっとおっさんくさく息を吐きながらお腹を叩く。その様子をやっぱりおっさんみたいと彼女は笑った。  幸せだ。  本当に、僕は幸せだ。 「りょう君。ありがとう」 「……うん」  代わりに洗い物をすると、彼女は食器を持って神化に向かった。  少し切なげな空気を僕の前に残して……。  こうして新婚生活から徐々に彼女のペースに飲まれていった。  頼られるのは嫌じゃないし、ご飯を作れば美味しそうに食べてくれる彼女の顔は最高だった。だけどそんな生活を続けても、彼女の笑顔の曇りは晴れない。  その理由は結婚から2年が経った今も教えてもらえてない。 「嬉しい?」 「うん!」 「ほんと?」 「……本当よー!」 「……そっか」  ちょっと苦しげな笑顔を向け、彼女は逃げるように食器を片付け始める。  僕はこんなに幸せなのに、彼女は幸せじゃないのだろうか。働かせてしまってるのがいけないのか……でも、それは結婚前に納得してもらってる。  寝室に飾られている結婚式で使ったウェルカムボードの彼女は確かに幸せそうなんだ。  2年の間に何かしたのだろうか。 「ねぇ恵子」 「ん?」 「……幸せ?」 「私は幸せよ。愛してくれる人がいるから」 「ありがとう。僕も愛してる人が側に居てくれて幸せだよ」  背を向けたまま、声だけを送られる。どんな表情で言ってくれるのか気になって、僕は洗い物をする彼女に近づいた。  彼女は足音に気がついて水を止めて振り返ってくれた。  せっかく顔が見えたのに、その視線を見ていられなくて黙って抱きしめた。温もりは腕の中に収まる。大丈夫。逃げられてはいない。  ちょっとしたすれ違いだ。思いは通じ合っている。そう信じていたけど、だんだん夜の帰りが遅くなる彼女に不安になる。 「……どこ行ってたの?」 「買い物」 「へー……」  縛りたいわけじゃない。独り占めにしたいわけじゃない。彼女のせいでもない。  自分のせいだ。僕が自分に自信がないから、だから彼女のことを少しだけ疑っている。  こんなに好きだと思う自分の気持ちすらも嘘のような気がしてくる。  そんな揺れる思いが滲み出てるのか、幸せだと返してくれる彼女の言葉の影が濃くなっていく。と、どうじにホッとしているような顔をするから余計に僕の心は落ち着かない。 「ねぇ、先輩。最近暗いけど、奥さんとうまくいってないの?」 「…………」  もう結婚してから四年と少しが経った。  僕らの歯車は四年前から動いていない。  何か変化があれば動き出すかもしれないと思って子供が欲しいと何度か言ってみたけど、彼女にはまだ気分じゃないって断られた。あまりにもしつこいからか、それから夜の数も減っていき……そもそもいっしょに居られる機会自体が減っていて……不安で寂しくて苦しくなっていた。 「ねえ璃子さん。相談があるんだけど……」  ちょっとだけ、心を軽くしたいと思った。ほんのちょっとだけ、彼女以外の誰かの意見を聞きたいって思ったんだ。  全部、弱い僕が悪いんだ。
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