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「ただいま」
「……おかえり」
珍しく、先に帰っていた彼女が玄関で出迎えてくれる。
まあ、朝方なんだから彼女が先なのは当然か。
僕は出迎えてくれた彼女の横を通り過ぎて寝室に向かう。スーツを脱いだ僕の背に、彼女は淡々とした口調で声をかけてきた。
「どこに行ってたの?」
「どこでもいいだろ」
「なんで?」
「お前だって教えてくれないだろ」
「私は教えてるよ」
「……いつもウソなんだろ」
そう言うと、妻は黙った。
怒っているのかと振り返ると、そうじゃなくて、驚いたような、責めるような顔をしてた。
「何でそう思うの」
その問いに確信する。僕はやっぱり嘘をつかれていたんだ。冷たくなる心を鼓舞するように強めな言葉でその問いに答える。
「態度を見ればわかるだろ」
「態度だけ?」
「それ以外に何かあるのか」
スマフォの中を見たとでも疑っているのなら無理だ。そんなことできる暇がないことは彼女がよく知っている。
夜遅くに帰ってきて、顔合わせたらもう翌日の仕事のために寝るしかない生活を何ヶ月も続けていたんだ。
「そう……」
二文字だけの感想を呟くと、彼女は寝室から去って行った。
あまりにもあっさりとした対応に怒りが溢れる。自分勝手で理不尽だと思うかもしれないが、僕にとっては今までの四年間が裏切られたようなものだ。
(それだけか?それだけの存在だったのかよ!夫が浮気したかもしれないことを何とも思わないのか!!)
愛していたのに!!
君にとってその程度だったのかよ!!
悲しみと怒りで僕は初めて大声で怒鳴っていた。
「おい!!恵子!」
寝室を出て廊下の突き当たりに向かって怒鳴った。だけどガタリと音がしたのは背後……玄関の方からだった。
玄関には、新婚旅行で使った大きなトランクを持つ妻がいた。
「……どこ行くんだよ」
カラカラの喉から出てきたのは掠れた声だった。
「……昨日決めたの」
そう言えば、まだ朝方なのに、妻の服装はブラウスとスカートで、外行きの格好だった。
「きめた、って?」
「出ていくわ。私じゃ貴方を幸せにできないから」
なんだよ…………それ……なんだよそれ!!居てくれるだけで幸せなんだ!そう言ったじゃないか!
「何でだよ!そんなこと言ってねえだろ!」
叫びたい言葉はたくさんあるのに出てきたのは言い訳だった。
「顔が言ってるの。楽しくないって」
「それは恵子が!」
「じゃあね」
僕の言葉を最後まで聞くことなく、恵子は去って行った。
バタンと閉じられた扉は拒絶の音に聞こえて、昨夜のことの罪悪感に追いかける勇気は押しつぶされた。
そんな資格はないのだと。
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