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辿り着いたのは会社近くの総合病院だった。
「ここ……」
「こっちです」
冷や汗が背中を撫でる。病院にいるなんて、嫌な予感しかしない。自然と歩くスピードが上がって彼女を急かす。
「どこにいるんだ?」
「306号室」
「わかった」
それを聞くと僕は璃子さんを置いて病室に急いだ。
「306、306……あった!」
標識には、窓側に「川内恵子」と名前があった。4人部屋は静かで、妻のベッドはカーテンで遮られて見えない。
恐る恐る中を覗くと、酸素吸入器を付け、機械に囲まれて眠る恵子がいた。
「けいこ……」
この数日で何が起きたんだ。事故にあったのか。泣いてばかりで何も気付けなかった。
「けいこ……ごめんな……」
愛していると言っていたのに、こんな痛い思いをしているときに側に居てやれなかった。僕は覚束ない足取りでカーテンで区切られたベットに近寄り、そばに置かれた椅子に腰掛ける。
触れた恵子の手は握り返してくれなかった。
「……けいこ」
そこに遅れて病室に到着した璃子さんが入ってきた。彼女の顔は申し訳なさそうな、迷うような表情をしている。
もしかしたら恵子に呼ぶなとでも言われたのだろうか。それなのに僕を励ますために連れてきてくれた。
礼を言おうとして璃子さんを見ると、彼女の決意を感じる瞳とぶつかり口を閉じる。璃子さんは驚かないでくださいと前置きして、話してくれた。
「恵子は、ずっと病気だったんです。ずっと……先輩と、結婚する前から」
「え!?」
そんなの聞いてない。付き合っていたときも、恵子は病気なんて一言も言わなかった。
でも、璃子さんの眼は嘘を言っているようには見えない。寧ろ、堰き止めていたものがやっと解放されたように言葉が雪崩出てくる。
「変に同情されたくなかったみたいです。だから黙ってて……。どうせすぐに愛想を尽かされるとか思ってたみたいだから。でも、先輩にプロポーズされて……嬉しくて、頷いちゃったと笑ってました」
泣きながらと付け加えられて、僕は何て言えばいいのかわからなくなった。
「結婚してからは黙ってたことが申し訳なく思ったのかさ……先輩に知られずに、先輩が恵子が死んでも笑っていられるようにしたいって、言い出したの」
「何言ってんだよ……」
笑えるわけがない。居なくなったら悲しいし。恵子が知らないうちに死んだなんて知ったら、自分が何をするかわからない。
まだ目の前にいる今ですら、この先どうすればいいかわからないのに。
「バカよね。だから嫌われる事を色々したんだって。それでも先輩が好きだって言うから、どうしようって泣いてた。あ。嬉し泣きね。これは」
「…………」
璃子さんが言うには最近症状が良くなくて帰りに病院に行っていたかららしい。病院がない日も、僕の前では平気な顔をしておきたいから顔を合わせる時間をわざと減らすように遅くなってから帰宅していた。
ずっと、結婚してからこの四年間ずっと、恵子は僕に心配をかけないように行動していたんだ。それなのに僕は最低な勘違いをして、心配をかけようとしていたんだ!
「それで……頼まれたの。先輩を幸せにしてって」
「はあ?」
恵子以外にいるわけがない。恵子以上に僕が求める存在なんてない。そばにいて欲しいといつも言っていたのに、何も伝わっていなかったのか。
そんな僕の顔を見て解っていると、璃子さんは微笑んだ。
「だからあの日の夜誘ったのよ」
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